小説

『花に嵐のたとえもあるが』川瀬えいみ(『海女と大あわび』(千葉県御宿町))

 その日。晴れた休日だというのに、彼は海に出掛けていかなかった。
 『大事な話がある』と言われて、ついにその日が来たかと、私は覚悟を決めた。
 ううん。覚悟を決めてなんかいなかったのかもしれない。私は、もし彼の『大事な話』が別れ話だったなら、今からでも大あわびを探しに行こうなんて、変なことを考えていたもの。
 でも、そんな私の前に彼が差し出したのは、桜の花の形をした白珊瑚の指輪だった。
「春花がダイヤの指輪を喜んでくれるタイプだったら、苦労はなかったんだけど……。これは探すのが大変だったんだ。ネットでは見付けられなくて、自分の足で探し回るしかなくてさ。オレンジ色やピンク色の花の指輪なら結構あったんだけど、春花の好きな絵の桜の色は、ほとんど白に近かっただろ? だから――」
 なに、それ。もしかして、それってプロポーズの言葉なの? 全然プロポーズになってないじゃない。
 てっきり悲しい話を切り出されるのだろうと思っていた私は、甚だしく予想外の展開に思考が追いつかず、ほぼ無反応。
 そんな私に、彼は困惑したみたいだった。いつになく慌てた口調で、言い訳じみた説明を始める。
 私が桜の絵を好きだから、釣りに行く振りをしながら、あるいは釣りがてら、菊池芳文の絵にあるような白い桜の花の指輪を探しまわってた。宝石や貴石じゃなく、何としても、海から産する真珠か珊瑚か貝の指輪にしたかった。すぐに見付かるだろうと高を括っていたのに、なかなか巡り会えなくて、予定よりかなり時間がかかってしまった――とか何とか。
 こっちは別れ話を切り出されるものとばかり思ってたから、どう喜んだらいいのか、咄嗟に思いつかないよ。このばかたれ。

「春花に会う前は、釣りに行くたびいつも、浜から海を見て綺麗だと思ってたんだ。けど、春香と暮らすようになってから、僕の心境に不思議な変化が起こってさ。それまでとは逆に、沖の船の上から陸を見て、人が生きて暮らしている浜の光景に安心したり、感動するようになった。釣りを終えたあと、君がいてくれる家に帰る時が幸せで。ああ、こりゃあ、君と家庭を築く時が来てるんだなあ――と、思わないわけにはいかなくなってさ」

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