小説

『花に嵐のたとえもあるが』川瀬えいみ(『海女と大あわび』(千葉県御宿町))

 私は、そんなふうに分別臭く考えてたわけ。
 結局、恋人を求めた海女当人も死んでしまったわけでしょ? いったい彼女は何のために生まれてきて、何のために恋をしたの?
 彼女のすべては無意味で無駄だった。自分だけでなく恋人の命まで奪ってしまうなんて、アンデルセンの『人魚姫』より救いがない。それが、その物語への私の率直な感想だった。
 あ、でも、その話をした時、中学生だった私の友だちは、
「私は、海女の気持ち、わかるけどな~。誰かを好きになったら、いつも一緒にいたいじゃん。学校の授業なんか、放っぽってさ」
 なんて言ってたな。
 でも、私は、海女に全く共感できなかった。そんな情熱、そんな激情。人に迷惑をかけ、自分も不幸になっただけ。誰にも、どんな益もない。意味だって、ない。
 私自身が不安定な思春期の真っ只中にいたのに――だからこそ?――海女の心の不安定さ、周囲を顧みない無思慮な彼女の激情に、私は怖れおののいた。

 今なら、わかる。進む方向を見失って混乱し荒れ狂う風雨のような海女の気持ち。
 晴れた空が憎い。凪いだ海が恨めしい。
 どうして私を一人残して、自分だけ海に行ってしまうのか。
 そんなことのできる彼の気持ちがわからない。
 私を嫌いになった? 一緒にいると息が詰まる?
 一緒に暮らし始めた途端に、すれ違いが始まるなんて、悲しすぎる。
 彼が側にいてくれないと、不安だけが募る。悪いことだけを考えてしまう。
 でも、そんな気持ちを彼にぶつけることはできない。
 だって、私が彼を好きな気持ちは変わっていなかったし、その気持ちは真剣だったから。
 子どもじみた我儘を言って、彼に嫌われる事態は避けたい。あの伝説の海女みたいに、激情のままに行動して、すべてを失うのは怖い。
 だから、私は彼に何も言い出せず、いつ別れ話を切り出されるのかと、不安に怯えていたの。伝説の海女の無分別を、心のどこかで羨みながら。

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