小説

『腐れた女子と腐らない男』裏木戸夕暮(『フランケンシュタイン/メアリ・シェリー』)

「いや俺、どないしょ」
 青年は呟く。
「こんなトコで」
 肌を切り裂くような吹雪と氷の大地。橇の上に青年、唯一人。
 しかし、どれだけ呆然としていても体が凍りつくばかり。青年は荷物を背負い橇から降りた。
「あ」
 離れた所から犬が見ている。橇から逃げ出した犬の中の一頭だ。一瞬青年に笑顔が浮かんだが、犬は期待だけさせておいてさっさと走り去った。
「ああ・・・まぁええか。元気でな」
 前後左右、一面の雪原の中を青年は歩き始めた。

「いやー、まさかこんなとこで人に会うとは思いませんでしたわ」
 絶望的な状況で歩き始めた青年だったが、ものの数分後に奇跡的に探検家に出会い、犬橇に拾われた。
「俺もこんなとこでまさか、人を拾うとは思わなかったよ」
 髭面の探検家は鷹揚に笑う。気のいい人物のようだ。
「犬の訓練に来てたんだよ。今日は君も拾ったことだし、家に戻ろう」
「えぇ?家が近いんですか?」
「君、どっちの方向から来たの?まさか雪原の反対側じゃないよね。あんな遠くから来られる訳ないし。まぁ、今からうちにおいで。あったかいシチューでも御馳走するよ」
青年の顔が輝いた。ただ気がかりが一つ。青年は恐る恐る、
「あの・・突然僕が行ったら、ご家族に迷惑じゃありませんか」と訊いた。
「一人暮らしだよ。女房が居たけど死なれちゃってね。だから気遣いは要らないよ」
 探検家が言うと青年はほっとしたようだ。人見知りなのかな、と探検家は思った。

「う、まぁ〜・・・・」
 冷え切った体に温かいシチューの、何と沁みることか。探検家は小さな村のはずれに住んでいた。シチューが暖炉でくつくつと煮えている。
「いやホントもう恩人です。神様です」
「ははは、どんどん食べなさい。コートとかマフラーは椅子にかけて、雪を溶かすといい」
 探検家が勧めたが、青年は遠慮した。余程内気らしい。
「しかし君、何であんなとこ歩いてたの」
「あの、ちゃんと橇に乗ってたんですよ。そしたら犬が逃げちゃって」
「大変だったねぇ。何処に行く途中だったの」
「いえ・・・」
 青年はスプーンを止めた。

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