小説

『粗忽マンション24時』平大典(『粗忽長屋』)

 マンションの大家である八さんは、非常に慌て者であった。ついでに思い込みが超激しい。
 一度思いこむと、もう修正がきかない。
 ある日、管理人室で昼飯のカップラーメンをすすっている時だった。
 テレビのニュースを観て、唖然としてしまう。
『緊急速報です。……長屋市内の地方銀行で、立て篭もり事件が発生しております。犯人は、『熊五郎』と名乗り、拳銃を所持しています。人質九名とともに……』
「こりゃ、大変だよ!」
 思わず声を荒げ、管理人室から飛び出す。
 熊五郎。
 それは、八さんが管理しているマンションに長く住んでいる住人の名だった。
 貧乏で甲斐性もない齢三〇の男で、強盗なんてするタマではない。
 まあ、そもそも論ではあるが、強盗なんてのは、本名を名乗るはずはない。
 だが、思い込みの激しい八さん。
 既に熊五郎が強盗をしていると思い込んでいる。
 八さんは、慌てて管理室を飛び出して、熊五郎の部屋へ駆ける。
「おい! クマ!」八さんは、思い切り玄関を叩く。「起きてるか!」
 しばらくしてしびれを切らした八さんは勝手に合鍵で扉を開けてしまう。すると部屋の奥から熊五郎がのっそりと出てくる。
 熊五郎は、普段からぼうっとしているが、寝起きで尚更である。
「ふああ、どうしたのだね、ハチさん。家賃は振り込んだ、はず?」
「家賃なんかどうでもいい! 大変だ!」八さんは、目を見開く。「テレビを観ていたらよぅ、お前が、お前が……」
「俺が?」
「強盗してんだ! 立て篭もりなんかしやがって、馬鹿野郎!」
「何を言っとるの? 俺はここにいるでしょ? 強盗なんかしてねえよ」
 熊五郎は当然の説明をしたが、八さんは動転していて聞く耳を持たない。
 もうこうなると駄目だ。
「大方、パチンコでスリやがって」八さんは目頭を押さえる。「いよいよ犯罪にまで……。俺は悲しいぞ! お前さんはウドの大木なんだから、そういう兇悪犯罪には向いてないよ!」
 あまりの剣幕だった。
 熊五郎にも問題がある。優柔不断極まりないのだ。
というわけで熊五郎。八さんの説明を聞いているうちに、徐々に自分が、強盗をしているのではと思い込み始めた。
 八さんがここまで言うのだ。この世には、理屈が通らぬ摩訶不思議なこともあるだろうと。そんなことはあり得ないのだが。

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