小説

『腐れた女子と腐らない男』裏木戸夕暮(『フランケンシュタイン/メアリ・シェリー』)

 僕は街から街へと彷徨いました。人造人間の僕は飲み食いをしなくても平気です。今のように食事をいただけば美味しいとは感じますが、餓えや渇きで死ぬことはありません。だから社会と交わらなくとも生きていける筈ですが、孤独です。博士に存分に愛されて暮らした僕は、やはり人の愛が欲しいのです。何処かで誰かが受け入れてはくれないだろうか。そう思って彷徨い続けていたのです。でも・・・

 青年はまた、ため息をついた。

 山中で、僕は親切な猟師の一家と出会いました。猟師とその妻、娘さんとその夫が暮らしていました。僕は彼らとすっかり打ち解け、思い切って自分の姿を晒したのです。とても優しい人たちでしたから。ところが・・・僕の姿を見るなり、妻と娘は悲鳴を上げ、猟師と娘婿は銃を手に僕を追いたてました。以来、人に僕の姿を見せた事はありません。

 青年が顔を伏せた。帽子とマフラーの隙間から涙が零れた。

「顔、見せてみなよ」
 探検家が言った。
「俺は探検家だよ。ちょっとやそっとじゃ驚かない。話を聞いていて、君が悪い奴じゃないって事は分かる。良ければ、ずっとうちに居るといい」
「そんな、僕みたいな異形の者を」
 探検家はニッコリ笑った。
「探検の相棒が欲しかったところさ。一緒に世界中を回ろうじゃないか」
 突然の、人からの愛。青年は心を揺り動かされた。
「じゃあ、思い切って見せます。嫌だったら言ってください・・・」
 青年はまずコートを脱いだ。そして帽子とマフラーを。するとバタンとドアが開き、
「おとうさーん、じゃがいも穫れたから持ってきたんだけどー」
 能天気な声。若い娘がカゴを片手に立っている。
「きゃあああああああああ!!」
「馬鹿、急に開けるな!すまん、うちの娘だ。近所に嫁いだんだが」
 探検家が娘に近づく。その父親を娘が突き飛ばした。
「ウソ誰何このイケメン、神!眼福!目から鼻血出るぅぅ!!」
 丁度青年が素顔を晒した所だった。
「す、すみませんお嬢さん」
 青年の声にまた悲鳴が上がる。
「やだもぉ、声優の〇〇にそっくりー!お願い何か囁いてー!」
「はぁ?」と探検家が振り向く。目の前には軽くウェーブがかかった黒髪に、日本人とは思えない端正な目鼻立ち、毛穴ひとつ無い美肌、厚着で蒸れていた首筋からはなんかいい匂い。はにかんだ表情がまた可愛いの何の。
「異形てそっちかよ!!」
 とんでもない美形。娘はイケボとか二次元が蠢いてるとか、よく分からない表現で喚いている。娘が嫁ぐ前に日本文化に精通していたのを思い出した。こんな男を創造した女博士とは一体・・・確か日本語には腐女子という言葉がなかったか。
「もー、存在が罪!」

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