小説

『腐れた女子と腐らない男』裏木戸夕暮(『フランケンシュタイン/メアリ・シェリー』)

「ああ、やはり僕はここに居てはいけない。さようなら」
「いや誤解すんな!」
「行かないで、旦那とは別れるから!」
 猟師の一家に追われた理由がよく分かる。
「所詮僕は不老不死の人造人間。普通の社会に入ってはいけないんだ」
 不幸慣れした美青年は、自分が称賛されていることに気付いていない。
「劣化しないなんて最高、永遠にここに居て!」
「落ち着け、とにかく二人とも落ち着いてくれ!」
 立ち去ろうとする青年とすがり付く娘とそれを抑える探検家。娘は青年が何という作品の誰々にそっくり、と騒いでいる。女博士が犯した法とは著作権侵害か。
 興奮した娘に服を半分剥ぎ取られ、青年は外へ出て行ってしまった。
 探検家は茫然と見送るしかなかった。足元では娘が、青年の服の端切れを聖布のように崇めている。
 騒ぎを聞きつけて村の住民が駆けつけて来た。
「部屋が荒らされてるじゃないか。強盗か?」
 娘が暴れたからだ。
「足跡がある、追いかけよう!」
 勇敢な村の若者を、探検家は制止した。
「待ってくれ!何も盗られてないし、悪い奴じゃない。それに・・」
 探検家は考えた。猟師一家の悲劇を繰り返さない為にも。
「追ってはいけない。とても恐ろしい形相の怪人なんだ。醜くて見るに耐えない。悪夢に出るような」
 普段から誠実な探検家の言葉は効果があった。騒がずに帰って欲しいと言うと、村人たちは大人しく引き揚げて行った。娘が顔を上げる。
「お父さん、あの人は・・」
「行ってしまった。これでいいんだ」
 探検家は青年の幸せを祈らずに居られなかった。何処か遠くで外見など気にしない人に出会い、ひっそりと幸せになってくれ。俺は君の秘密を生涯かけて守ろう。誰も君を追わないように、恐ろしい怪人の話を広めよう。探検の果てに出会った怪奇譚として本にしたらどうだろう。出だしはこうだ。それは、十一月のとある寒々しい夜のことでした・・・

 そこへ外から絹を裂くような悲鳴が響く。

「あっ、いかん。あんな美青年が半裸で歩いてたらどうなるか」
 探検家は着る物を抱えて外へ出た。

「結局、一緒に世界中を回ることになったなぁ」
「ホンマ俺どないしょって感じなんですけど」
「あはは。君の日本語の関西弁も分かるようになったよ」
 青年はカリスマモデル、探検家はマネージャーとして幸せに暮らしましたとさ。

1 2 3 4 5