小説

『腐れた女子と腐らない男』裏木戸夕暮(『フランケンシュタイン/メアリ・シェリー』)

 その部屋を実験室と思ったのは、色んな機材や薬品が所狭しと並んでいたからです。ホルマリン漬けにされた内臓のようなものもありました。

 青年はマフラーの下でモゴモゴと話し続ける。

 どれ位時間が経ったでしょう。ドアの外から足音が近づき、鍵が開いて人が入ってきたのです。その人は、僕を見て悲鳴を上げました。僕も思わず後退りました。
 女の人でした。棒立ちになって僕を見つめ、やがておずおずと近づいて話しかけてきました。何を言ったのか分かりません。僕はその時、自分が人の言葉を理解出来ない事を知りました。
 女の人の態度から敵意が無い事は分かりました。自分は味方だ、安心しなさいと言っているようでした。その人が産みの親だと知ったのは、随分後になってからです。
 その人は僕の身の回りの世話をして、教養を授けてくれました。驚いた事に実験室を一歩出ると、家の中には僕が快適に暮らせる環境がすっかり整えてありました。それを見て、自分はここに居ていいんだと思うと嬉しくなりました。博士と・・産みの親のことです。博士と僕の生活はとても穏やかなものでしたが、暫くすると酷く怪しい、不均衡なものになっていきました。産みの親の筈なのに、博士は僕に恋をしているようでした。それも熱烈な恋でした。
 博士は多分、二十代から四十代といった年齢だったと思います。僕の母親というには若すぎる。しかし僕は産みの親だと思ってましたから、急に恋人として振る舞われて戸惑いました。会話や軽いスキンシップ程度ならいいのですが、博士はそれ以上を望んでいるようでしたから・・・拒むと無理強いはしませんでいたが、悲しそうでした。
 知識が増えるにつれ、僕は外の世界を知りたくなりました。博士は、始めは反対しましたが、僕の度重なる要求に根負けしてついに外へ出してくれる事になりました。ただし今のように服や帽子やマフラーで全身を覆い、姿を見えなくするならば、と・・・僕は後にその理由を知るのです。外の世界の人たちは、僕とまるで違う。僕は、自分が異形である事を知り悲しくなりました。それであの家に閉じ込められているのだと・・・消沈して帰った僕を、博士は優しく慰めてくれました。人と違っても落ち込む事はない、貴方は私にとってかけがえの無い存在なのだと。そして打ち明けてくれました。博士も寂しかったのです。孤独を癒す相手が欲しくて、僕を産んだ。貴方を愛している、側にいて欲しい・・・僕らは寄り添うように愛し合いました。冬籠りする獣たちのような愛でした。
 しかし、突然博士は逮捕されたのです。博士は、僕を産み出す為に法を犯していました。僕は普通の人間とは違う。博士が創造した人造人間なのです。僕も捕まるところでしたが、博士が逃してくれました。博士は獄中で死に、僕は天涯孤独になりました・・・

 青年は大きくため息をついた。

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