小説

『シー・サイド』永原はる(『浦島太郎』)

「時間とは何か!マナはどう思われる!」
 それは、最後の春休みの、最後の一週間に差し掛かった日の事だった。私たちはアリサの部屋に居た。
「急に何よ」
 アリサは、だって、と続けた。
「もうすぐ私たち離れ離れになるわけじゃない。これって意外にも、初の事案な訳で。そこでふと思ったの。どうなるんだろうって。きっと今まで通りには行かないわ。会う回数もめっきり減って、多分お互いに恋人とか作って、私はマナを、マナは私を段々と登場人物欄から外していくのよ」
 そうかな。私は小さな声で答える。アリサは、そうなるのよ、と自信たっぷりに言った。
「ある哲学者の本に書いてあったのよ。時間は永遠の産物なんだって。意味わかる?未来は永遠からやってきて現在を生み出す。それは過去になり、永遠に消えていく。って事らしいのよ。つまりね。永遠、とは、時間の土壌なの。植物が大地から芽を出し、枯れると大地に還っていくみたいな。その大地が、時間にとっての永遠、なのよ。でも分からないじゃない?じゃあ、永遠、って何。って話なわけよ。実体は何処にあるって言うのよ」
 私は、その答えなど分かる筈もなく沈黙してしまった。てか結局、彼女の問いって何だ。
「だから。私たちの過ごした時間が、正体不明のモノに消えていくなんて嫌じゃない、って話なの。形として残らないなんて、悔しいじゃない」
 私は、それなら、と声に出した。それから、彼女の部屋の本棚から、一編の冊子を取り出した。
「これは?」
 私は、それを開いてページを捲る。それは、二人の写真を纏めたアルバムだった。
「写真なら、時間を形として残す事にならない?」
 私はそう言った。アリサが、うーん、と唸る。納得がいかないようだった。
「形には残っているけれど。一瞬を切り取っただけじゃない?じゃあ、その瞬間以外の私たちはどうなるのよ」
 確かに。そう呟いて私はページを捲った。そのアルバムには、私たちの出会いから今日まで、数えきれぬ記憶が詰まっていた。

 アリサとは、小学四年生の時に出会った。私たちの小学校では、四年生に進級するタイミングでクラス替えがあり、そこで同じクラスの前の席だったのがアリサだった。それからすぐ、私たちは親しくなった。彼女は、非常に好奇心が旺盛で、私に様々な質問をした。
 例えば。小学生の私たちはある日、冬の海に出かける事になった。彼女は唐突に、どうして冬の海に行っちゃダメなんだろう、と尋ねた。多分、凄く冷たいからだよ。そう私が答えると、どれくらい?と彼女が言った。私が答えに詰まると、彼女は私の手を引いて歩き出した。アリサの実家から15分位歩けば、そこには広大な海原があった。その日、灰色の空と濁った海の境目は曖昧で、高波は音を立てて、離れて眺める私たちの所まで迫ってきそうな勢いだった。

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