小説

『桃太郎の旅立ち』中村久助(『桃太郎』)

 僕は、拾った桃から生まれたらしい。
 川に飲み水を汲みに行くため、桶を持って歩いていると、畑仕事をしている知らない大人たちが僕を横目でちらりと見て、こそこそと、そう話したのが聞こえた。
 小さいころから、村の子供たちが、僕が近づくと桃の匂いがうつる、など、意味のよくわからない悪口を言ったり、僕とだけ遊ぼうとしなかった理由を、僕はそれで初めて知った。
 子供たちだけでなく、村の大人たちも、僕にだけ挨拶を返さなかったり、そもそも僕の存在に気付かないようなふりをするものだから、僕という人間は、本当はこの場に存在していないのではないか、もしくは自分では人間だと思っているが実は人間ではなく桃なのではないか(子供たちが、桃の匂いがうつる、と言ったのを真に受けていた)、と幼心に思っていた。

 理不尽ではあるが、せまい「村」という世界で、異物の僕を排除しようという動きが起こるのは不思議ではない。僕は妙に納得してしまった。妙に納得してしまったから、村の人間たちに対しては何の感情も湧き上がってこなかった。
 そんなことよりも、重大で、それはとても恐ろしい疑問が、僕の頭の中で大きくなっていった。
 僕の養父母についてだ。
 僕は、本当の両親は死んだと聞かされ、彼らの事は祖父母だと思い、生きてきた。彼らは僕の事を「特別な子」と言って何かを期待し、それを妄信しているように見えた。
 僕はいつもその期待の大きさと、現実の自分とのずれに怯えていた。しかし、それは自分が彼らの孫であるからこそ、血のつながりがあるからこその期待であって、この自分の苦しみは、彼らとの絆と表裏一体であると信じていた。
 しかし、僕は、彼らの血を引いていなかった。
 彼らは何のために僕を拾って育てているのか。僕は彼らにとって何者なのか。僕の価値とはいったい、何なのか。
 水を汲んだ桶の重みが、いつもの何十倍にも感じられ、家に帰る足どりが重くなった。

「遅かったねえ」
 僕が帰ると、おばあさんはいつもと同じトーンで話しかけてくる。
「そんなことないよ」
 僕はそれ以外言葉が見つからず、黙り込んだ。
「ご飯できてるから、入ってお食べ」

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