小説

『桃太郎の旅立ち』中村久助(『桃太郎』)

「僕はここに死にに来たんです」
 僕はすべてを彼に話した。自分が桃から生まれたこと、そのせいで村の誰からも相手にされてこなかったこと、親が勝手に自分に課した期待、そして所詮は一つも確かなつながりを持っていなかったという孤独。
 僕の話を、赤鬼は頷きながら、誠実な態度で聞いてくれた。すべての話を聞き終えると、彼は
「自分とは違うものを排除しようとするのは、人間の弱さだね」
 とまず言った。
「しかしそれを君が受け入れる必要はない。君は怒っていい」
 赤鬼の言葉に、僕ははっとした。
 僕は今まで、村人たちが悪いと思ったことはなかった。自分の何がいけないのかはわからないが、すべては自分がいけないのだと思い込んでいた。
「そして君はご両親の期待に過剰に応えようとする必要もない。それが本当に正しいこととは限らないからね」
 僕がここに来た理由は、おじいさんとおばあさんが僕に鬼退治を期待したからだ。しかし、僕の装備、能力ではどんなに努力してもその期待に応えることができないのは明らかであったし、そもそも実際の鬼は、退治が必要な悪い化け物ではなかった。僕にとっては絶対的な存在であった彼らのその期待は、間違ったものだった。それを拠り所にした僕も、間違っていた。
「そして最後に、君は誰とも確かなつながりを持っていないと言ったが、絆というものは、欲しさえすれば、誰だって手に入れることが出来るものだ。私と君の間にも、たった今つながりができただろう。私は君のような若者は見どころがあって好きだ。君がもし帰る場所がないと言うのなら、この鬼ヶ島に住むつもりはないか?仕事は私が口利きをするし、鬼ヶ島には労働者のための家の用意もある」
 僕は迷った。赤鬼の言葉が心から嬉しかった。しかし……。
「お気持ちは本当にありがたいのですが、ご厚意に甘えてしまうと、僕はまた同じことを繰り返してしまうと思います。あなたからの期待を裏切らまいと行動し、結局は自分を見失ってしまうと思います。僕は一度家に帰ります。両親には育ててもらった恩があるので、筋を通さなくてはいけません。しかし、その後は家を出ようと思います。僕は旅に出たいと思っています。僕は、“僕”になりたい」
 それを聞いて、赤鬼は恐ろしい顔を崩して、優しそうに豪快に笑った。
「そうか。それは良い選択だ。君自身が選んだ正しい道だ。君の旅立ちを心から応援しよう」
 赤鬼はわざわざ港まで来て、またいつでも来ると良い、と言って僕を見送った。
 僕は深々とおじぎをして船を出した。

 家に着くと、おじいさんとおばあさんが口を開く前に、僕は
「僕には無理でした!」
 と大きな声で言った。
 彼らはびっくりした顔をした。僕の声に驚いたのか、僕が出来なかったと言ったから驚いたのか、どちらかわからなかったが、僕は続けた。

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