小説

『吾輩たちは猫である』洗い熊Q(『吾輩は猫である』)

 それは二月の晴天の日だった。
 寒気の入り込みが和らぎ、季節外れに暖かい陽気。
 雲一つない真っ青な蒼空。突き抜けるような天上に幾つも黒い点が見え始めるのを、偶々に空を見上げていた人達が気付くのだ。

「……ん??」
「何だろう?」

 神奈川県のA市。内陸のこの街の空に、沢山の黒い点が現れる。
 空を見上げ凝視する人々。それが地面に向かって降下してくると分かるのはまだ先だ。
 未確認飛行体? 鳥の大群?
 いや違う。ただそれが物体だと判り、そして動いている物だと判別できると正体が分かった。
 くねくねと身体を捻り、空中で懸命に体勢を整えながら地面に向かって降ってくる。

 ――猫だ。生きた猫だった。
 空から沢山の猫が降ってきた。

「うわうわ、何なんだ!?」
「きゃー!! 一体なに!?」

 爽快な円蓋の青空から、緑栄える街に向かって沢山の猫達のスカイダイビング。
 白に黒、縞や三毛。銀白色の猫だっている。空中で器用に身体を捻り、体勢を整えて地面に向かっている。
 慌てふためき逃げ惑う地上の人々。そんなのも関係なく、飄々とふありと羽でも生えているように猫達が地面へと降りて来た。
 精悍に道路へと降り立つ猫もいれば、ボンと軽快に車のボンネットに着地する猫も。くるりと回って壁に屋根と伝ってウルトラCを決めて見せる猫もいる。
 道路を走っていた全部の車は急停車だ。大渋滞になって連なる車の上にも猫達は落ちてくる。
 停まった車から思わず外に出た男性は唖然と空を見上げていた。

 青空の中をまだ次々と猫は落ちて来ている。それは一種、世界の終末を思わせる光景にも見え。
 でもまた新たな世界の煌びやかな始まりにも見えた。
 それは落ちてくる猫達が降臨してくる和やかな天使にも見えて、降りて来て走り去る姿を見れば混沌の使者にも感じるからだ。

 そうだ。あり得ない光景なのだ。
 ありふれた猫達が、あり得ない高さから落ちてきた。
 その一日は混乱の中で茫然とする人々ばかり。人類の終焉をも頭過る絶望もあり、混沌とした先行きを不安視する感情が支配した日となったのだった。

 

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