小説

『シー・サイド』永原はる(『浦島太郎』)

 ねえ、何するつもりなの?そう訊こうと思った時には既に遅く、アリサは駆け出して行った。そのまま海の中まで飛び込んで、服を着たままびしょ濡れになった。彼女は、全身からポタポタ海水を垂らしながら「遊びのレベルを優に越すぐらい冷たいわ」と笑った。
 例えば。中学生の私たちはある日、ファミリーレストランにいた。皿の上に乗せられた唐揚げと、添えられたレモンを眺めていたアリサが口を開いた。ファーストキスってレモンの味って言うじゃない。私は、そうなの?と質問で返すとほぼ同時に、彼女はレモンの切れ端を掴み口に含んだ。そしてすぐレモンを吐き出して、私の目をじっと見た。それからの事はよく覚えてないが、気が付けば私の唇は彼女に奪われていた。唇と唇が離れると、アリサが私を見た。それから「レモンの味より、唐揚げの油分が勝つわね」と残念そうに言った。そんな、記憶まで。沢山が、胸の内に蘇った。

 アリサと私は、気づけば、無言でページを捲っていた。途中、思い出深い写真に出会えば、その度に指差して、この時はどうだった、などと語り合った。その最中だった。私の中に、ふと答えめいたものが浮かんだ。
「ねえ」
 なに?とアリサが私の顔を覗き込んだ。
「これってさ。一瞬を切り取っただけじゃ無いよね?」
 どう言うこと?とアリサが首をかしげる。
「だって、この写真を見ればその瞬間以外のことまで思い出せるじゃん」
 アリサの顔が真剣になる。
「きっと写真には、この瞬間までの事も後の事も詰まってるんだよ。だからほら、今、私たちは私たちの時間を取り戻せたじゃない?」
 その言葉を聞いて、アリサが、なるほど、と声を漏らした。
「いいわね。その解釈」
 それから、満面の笑みで私を見た。
「これまでもこれからも詰め込まれているなんて、まるで永遠みたいじゃない。そうよ、写真は永遠なの。だから、私はこれを常に持ち歩く事に決めたのよ」
 アリサは一枚の写真を取り出すと、嬉しそうにそれを掲げた。
「これで、消えずに済むわ」
 そう言って、私を見て笑った。私は、そうだね、と微笑みを返した。それから、でもさ、と続けた。
「私は、心配要らないと思うんだ」
 アリサが首をかしげる。
「だって私は、アリサの事、ずっと覚えているから」
 アリサが頷く。
「いつだって、会えるよ。きっと」
 私がそう言うと、アリサは、私をギュッと抱きしめた。

   ***

 一週間後。私は横浜の大学に、アリサは東北にある一流の国立大学に進学した。新生活が始まると、課題やサークル活動に追われ、想像以上に生活は多忙を極めた。それでも、アリサから来る連絡には、常に返答していた。

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