小説

『シー・サイド』永原はる(『浦島太郎』)

 そうこうしているうちに、時間はあっという間に過ぎた。大学三年生にもなると、就職活動の準備が始まり、私の生活は疎かになった。アリサも日々忙しいらしく、連絡の頻度は減っていった。
 それから、またもや時間が過ぎ、いつの間にやら私は大学を卒業してしまっていた。その頃、もう私はアリサと連絡を取らなくなっていた。
 そして気づけば。アリサと離れ離れになってから、八年もの時間が溶けて消え、私は二十六歳になっていた。

 大学を卒業し、地元に戻ってきてからの私は忙しなく暮らしていた。富山に本社を置く物流会社に就職し、経理業務に生活を吸い取られる日々が淡々と続いた。四年も社会人をしていると、人生の輪郭がおおよそ掴めてきて、無駄な希望は抱かなくなった。将来に劇的な展開は望めなくて、けれどそんな現在にもう折り合いを付けていて、燦々と煌めいた過去の思い出だけが私の人生を意味づけている。そもそも私には夢も目標も無かった。日本を変えたい、お金をたくさん稼ぎたい、大きな家に住みたい、お嫁さんになりたい、それら何一つとして願ったことは無い。そりゃあ、こうなるよな、と思う。そして、この人生に何一つ不満も無かった。けれど。

 いつだって、会えるよ。きっと。

 そう約束してから、私とアリサが会うことは無かった。それは仲違いしたわけでもなく、他に重大な出逢いがあったわけでもなく、もっと単純な理由だった。大学に進学してからのアリサは、キャンパスのある仙台から一度たりとも出なかった。地元に戻ってくることも、関東に遊びにくることも無く、いつしか消息を絶ってしまった。連絡なら多分取ろうと思えば取れるのだけど、私の内にある臆病が、そうさせなかった。今、何をしているのだろう。頭の中を、何度かそんな疑問を過ぎった。それでも、確かめるための行動に移す事が出来ず、今この瞬間を迎えていた。
 私は彼女の記憶が蘇る度に、この海を訪ねた。彼女が飛び込んだ冬の海。彼女が微笑みを私に向けた場所。こうして海辺に佇むだけの休日を迎えるのは、もう何度目だろう。そろそろ私は気づいていた。これはきっと、後悔、なのだ。心の中ではいくらでも納得しているのだけど、それでも消えない想いが、確かに在った。何故、彼女の存在がここまで私の人生を縛り付けるのだろう。その答えが分かったのは、それから間も無くの事だった。

「久しぶり」
 アリサが、私の顔を見てそう言った。咄嗟のことに、私は混乱した。アリサが、あの時と同じ海辺に、目の前にいる。すっかり大人びた、成長したアリサが、私の前で微笑んでいる。私は、どうして、とだけ言って、彼女をまじまじと見た。
「何よ。地元なんだし、そこまで奇跡的な再会、ってわけでも無いでしょう?」
 だって、と口を衝いて出る。これまで一度だって帰ってこなかったのに。
「悪かったわよ。でも、仙台はいい街なのよ。すっかり入り浸っちゃって。竜宮城じゃ無かっただけ、マシでしょう?」

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