『せめて別れ際だけでも美しく』
ノリ・ケンゾウ
(『列車』太宰治)
いつかはこんな日が来るのではないかとは思っていた。けれど二人でこの場所で、この土地で過ごした日々は、そんなことを忘れてしまうくらい潤しい、そして甘くて、何より幸福な時間が流れていた。オサムの乗った列車を見送りすべてを忘れる決心をしたが、列車のトラブルのせいでオサムが戻ってくる……
『オサム君との思い出』
ノリ・ケンゾウ
(『思い出』太宰治)
そういうところが芥川先生はずるいんだ。オサム君は黒板の文字を消しながら、私に言ったのか、独り言なのか分からないくらいの大きさの声で言った。ずるい?聞き返すと、そう、ずるい。と、オサム君は私の目を見ずにまた言って、あの人、顔もいいから、みんな騙されてる。そう言って舌打ちをした。
『死のうと思っていた』
ノリ・ケンゾウ
(『葉』太宰治)
死のうと思っていた。しかし本当に死にたいと思っていたわけあるまいに。これが言霊というものなのか、僕があれだけ死にたい死にたいと宣ったことが要因でこんなことに発展してしまったのだというのなら、今すぐあのときの発言は撤回したい。赤井君にも全部嘘ですと言って泣いて謝る。
『おまけ人生』
太田純平
(『警官と讃美歌』)
無職の時田拓朗は、かつてシナリオライターになるのが夢だった。毎日書く。その目標はいつしかバイトバイトの日々に埋もれ、やがて時田はホームレスにまで堕ちた。冬も近く、いっそのこと刑務所に入ったほうがマシだなと考えた時田は、早速その願望の達成に取り掛かる。
『二人ぼっちの独り言』
澤ノブワレ
(『ガウェイン卿の結婚』)
俺(鷹野皐月)に毎日絡んでくる幼馴染の樫間楓。三年の春、楓が思い出したように話し始めたのは、入学して最初の世界史の授業で先生が出したなぞなぞ。進路のことで葛藤し、なぞなぞどころではない皐月に、楓はしつこく答えを求めてくる。
『きってむすんでほどく』
平大典
(『運命の赤い糸』『続幽怪伝』)
運命の『赤い糸』が見える大学生の僕は、たまに縁結びをしながら過ごしていた。ある日、交際相手の沙月とともにサークルの飲み会に出かけるが……。
『灯』
森な子
(『高浮彫桜二群鳩大花瓶』)
父と訪れた森の中で、少年が倒れているのを見つける主人公・海。出生不明で名前すら持たない少年に、灯(ともす)と名前をつけたことから段々と仲良くなっていく。訝しむような世間の目の中で、それでも穏やかに暮らす二人だが、海は灯の抱える憂鬱のようなものを感じ取っていた。
『七番目の地蔵』
裳下徹和
(『笠地蔵』)
地蔵にもらった餅を喉につまらせ、老人が死んだ。七番目の地蔵の仕業と噂されるが、村には六体しか地蔵はない。落武者狩りの村と呼ばれるいわくつきの村。排他的な村人達。隠された過去と因習。笠を目深に被り、何も語らぬ地蔵達。信心深き老人の死の謎に、一人の僧侶が挑む。
『酔漢リターン』
平大典
(『月下独酌』李白)
あるとき、集落で酒が盗まれる事件が発生していた。隣に住むおじさんは、裏山に住む鬼が犯人だって言い張って、裏山に出かけていった。次の日、おじさんはべろんべろんに酔っぱらって帰って来て……。