小説

『少女は非力な夢を見る』小田(『金太郎』)

 ミオスタチン関連筋肉肥大。それが私の病名だ。人は、筋肉トレーニングを行い、筋肉を傷つけ、そこから超回復することで、以前より大きく強靭な筋肉を得ることが出来る。しかし、その超回復の際、ミオスタチンという成分が出ており、筋肉が付き過ぎないように抑える働きをしている。私の場合、先天的な遺伝子疾患によりミオスタチンの分泌量が極端に少ないらしい。つまりどういう事なのかというと、通常の人間より圧倒的に筋肉量が多いのだ。最初に、私の異常に気付いたのは、両親だった。生後3週間で立ち上がり、3か月目には走り回っていたらしい。また、細身の見た目とは、裏腹に体重も重かった。どうやら、高密度に圧縮された筋肉、骨密度を持つらしく、外見とは、とても似つかない体重をしていた。もし私が、男だったなら、むしろ喜んだのかもしれない。最強の格闘家を目指したかもしれないし、アメフトやラグビーなど筋肉量が成果に直結するようなスポーツを選んだかもしれない。しかし、私は女だ。華の女子高生だ。好き好んで筋肉をつけようとは思っていない。私が中学生の時、柔道の有段者であった父は、私に柔道を習わせようと私に勧めてきた。私は断固として断った。しかし父は引かなかった。
「お前の体には、神が宿っている。嫌なら俺を投げ飛ばしてみろ。」
 そう言って、私に掴みかかってきた。私は、力任せに父を投げ飛ばした。それは、型もへったくれもない、単純な力に任せた、背負い投げだった。父は宙に舞った。そして綺麗に受け身を取った。そしてむくりと立ち上がり「やはり、お前は柔道をすべきだ。オリンピックで金メダルを狙える逸材だ。」と言って目をキラキラと輝かせながら、再び私に掴みかかってきた。私は、再び力任せに父を振り払った。それは、型もへったくれもない、単純な力に任せた、大外刈りだった。倒れこむ父に私は言った。
「お父さん、私を投げ飛ばすことが出来たら、柔道を始めてあげる。」
 父はそれ以来、再び柔道を始めた。1ヵ月に一度の割合で私に勝負を挑んでくる。しかし私は、いまだ負けておらず、高校に入った今、吹奏楽部に所属している。
 高校に入ってからの私は、自身の力を周りに悟られないように生活していた。体力測定の前日には全国女子の平均値を調べ、それに準ずる結果を出すように力を抜いていたし、掃除などで、重いものを片付けるときも非力な振りをし、男子に手伝って貰っていた。
 そして、私には、好きな男子がいた。線が細く色白で優しく中世的な顔立ちの神野君だ。彼はピアニストを目指しており、すでにいくつか賞を貰っている。文化祭でのクラスの出し物が合唱となった時、彼が伴奏者となったことがある。彼の伴奏は私たちの合唱を透き通った音で包み込んだ。私は歌うことを忘れ、その音に夢中になってしまった。演奏中の彼の指は、独立して静かに息をしているように、厳かに音を奏でていた。私はその瞬間、自身の病気の事を忘れ、一人の非力な女の子としてその場に立っている感覚におちいった。力では、人を変えることはできない。音楽は人を変えることが出来る。私はそう感じた。以来、女の子らしく見えるという理由だけで入った吹奏楽部の練習も真面目にするようになった。

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