小説

『少女は非力な夢を見る』小田(『金太郎』)

 しかしクラスの中には、そんな彼を疎ましく思う輩も少なからず、存在した。熊澤だ。名前の通り、熊のように大きい体つきをしており、目つきも獰猛な獣の雰囲気を醸し出してた。熊澤は柔道の有段者であり、インターハイにも出場し、ベスト8の成績を収めていた。神野君のように、中性的で弱そうに見える男子が嫌いらしく、ことあるごとに神野君につかかっていた。
 私の通う高校では、男子は体育の授業で柔道か剣道を選択する事になっており、神野君と熊澤は、柔道を選択していた。本来なら、初心者は初心者同士、経験者は経験者同士で練習や試合を行うのだが、熊澤は、わざと神野君とペアになり、乱暴に神野君を投げ飛ばしているそうだ。先生も注意するそうだが、熊澤は、神野君が技をかけてくれと言ったと言い切り、何も言えない神野君をさらに投げ飛ばしているそうだ。クラスの男子の話だと、神野君を投げ飛ばした後「弱いままではだめだ。それでは好きな子を守れないぞ」と時代錯誤も甚だしい、言葉を吐いていたらしい。女性が男性に守られてばかりいる時代は終わったし、だいたい、日本では力でモノを言わせることなどほとんどない。熊澤を見ていると、毎月勝負を挑んでくる、父の顔が頭をよぎりイライラした。
 ある日、国語担当の先生が体調を崩し、授業が休みになった。男子は自習などせずに、ふざけていた。そして騒がしいある男子グループたちが腕相撲を始めた。すると、周りの男子にも感染し、教室内で誰が一番腕相撲が強いのかで勝負が始まった。大本命である熊澤は挑んでくる男子を次々と粉砕してた。熊澤に挑んだ人間は、圧倒的な腕力で押し切られ、腕を抑えて痛がっていた。そしてついに誰も挑んでくる人間がいなくなった。
「やっぱり、熊澤が一番強いな。」
と一人の男子が言った。
「いや、まだ勝負していない奴がいる」
 熊澤は、神野君を見つめながら言った。神野君は、男子の輪に入らず、真面目に自習をしていたのだ。
「おい、神野、勝負しよう」
 神野君は、熊澤に言われると、蛇に睨まれた蛙のように縮こまった。
「いいよな?」
 熊澤は、脅すように言った。神野君はこくりと頷いた。私は、なんとか神野君を救いたかった。熊澤の野蛮な力にこれ以上、神野君を苦しめさせたくなかった。そして何より、神野君の美しい腕や指先を熊澤に痛めつけられることが耐えられなかった。神野君が熊澤の席に近寄り、それぞれ向かい合って、いよいよ腕相撲を開始しようとした瞬間
「わ、私も腕相撲してみたい」
 気が付いたら、私は席から立ち上がり、すっとんきょうな声を上げていた。周りの女子や男子が私の方を一斉に見つめた。皆ざわざわしている。
 そんな中、熊澤の友人である佐藤が笑いながら言った。
「え、何でどうしたの急に?」
「わ、私、これでも結構力強いの。久しぶりに腕相撲してみたいなと思って」
 私は苦しい言い訳を吐いた。
「だってよ、熊澤、どうする?最強の挑戦者現れたぜ」
 完全に面白がっている佐藤が言った。

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