小説

『少女は非力な夢を見る』小田(『金太郎』)

 熊澤は、私の顔を真剣に見つめ言った。
「俺は、挑んでくる人には女子だろうと手加減できないぞ。それは、失礼に当たるからだ」
「武士かよ。ああ言ってるけど、どうする?」
 佐藤が笑いながら私に向かって言った。
「辞めときなよ。どうしたの急に」
 同じ吹奏楽部の女友達が心配して駆け寄ってきた。私は対応を急いで考えていた。選択肢は二つ、1つは全力で熊澤をたたき潰す。もう1つは、か弱い女子のフリをして、負けちゃった~と言って場を濁す。どちらかにしようか迷っていた時
「大丈夫だよ、ぼ、僕が勝負するから」
 神野君が私に向かって言った。声が震えていた。ああ、やっぱり神野君は優しい人なのだ。私が、神野君の為に、勝負を申し出たのを見抜いて、自分が勝負すると言ったのだ。その言葉を聞いた瞬間、私は、熊澤を潰すことに決めた。これ以上、こんな優しい人に辛い思いをさせるわけにはいかない。よく考えれば、熊澤を潰した後、熊澤君、優しい、女子に花を持たせてくれるなんて~っとでも言えば周りにバレに済む話なのだ。熊澤は熊澤で女子に負けたことなど恥ずかしくて言い出せないだろう。
「熊澤君、私と勝負して」
 私は神野君を押しのけて、熊澤の前に座り肘を机の上に置いた。そして熊澤にしか聞こえない声で言った。
「もし私が、勝ったら神野君にもう構わないで」
 一瞬熊澤の顔が、何か言いたげな顔になったが、私の真剣なまなざしを受けて
「わかった」
 とつぶやいた。
 私と熊澤が腕相撲の為に、お互いの手を握り合うと、佐藤が審判気取りで司会を始めた。
 熊澤と私が握り合った手の上に、佐藤が手のひらを乗せる言った。
「さあ、お互い、レディー・ゴーで開始だぜ。熊澤、女子に怪我させるなよ」
 佐藤が合図を出す直前に私は、一瞬考えた。あれ?勝つ前提で私は、考えているけど、熊澤は全国大会に出場するくらいの猛者だ。いくら私が特異な体質だとしても、単純に女子と男子だ。父とは違う現役選手でインターハイベスト8である熊澤に勝てるのだろうか。しかし、私の心配を元に佐藤は開始の合図を告げた。
「それでは、両者、見合って、見合って、レディー・・・・ゴー!」
 杞憂だった。心配は。
 開始の合図とともに、私は全力で熊澤の手を押した。熊澤も本気で力を入れていたのか、少しだけ抵抗力を感じた。しかし勝負は、一瞬だった。熊澤の手の甲は、机の上に勢いよくぶつかり、ドン!っという大きな音をたてた。
 一瞬の静寂があたりを包んだ。熊澤は私の手で上から押さえつけられている自身の手見つめながら、何が起こったかわからないという顔をしていた。
「おおおおおお!!すげーーーー!」
 周りの男子が歓声を上げた。私は、これ以上、大事にならないために、周りに聞こえるよう大げさに熊澤に言った。
「熊澤君、わざと自分側にひっぱたでしょ!手加減出来ないって言って、本当は優しいんだね」
 熊澤に優しいなど絶対に言いたくなかったが我慢して私は言った。それを聞いた佐藤は
「なんだよ、熊澤、お前、実は武士じゃなくて、フェミニストだったんだな!」

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