小説

『亀の甲羅が割れた顛末』三号ケイタ(『くらげの骨なし』)

 亀はため息をついた。砂浜を波が絶えず押しては返すその様子を見るともなく見て、何度も息をついていた。亀がそうやってため息をつくのは、昨日、自分が勤めをする竜宮での達しによるものだった。
「猿の生き肝を持参したものに莫大な恩賞が与えられるであろう」
 その張り紙のことを思い出して、亀はぼんやりと水面を眺めた。亀が悩んでいるのは、どうしたら猿の生き肝を持って行き、恩賞がもらえるのかということを思案しているからではなかった。彼が考えていたのは、自分が長い間交流を続けている、猿の存在についてであった。

「どうしたのだ、何か不安でもあるのか」
 後ろから声を掛けられて、亀は驚いた。振り返ると、そこには知己の猿がいた。
「や、や、猿公ではないか。久しいな」
 それを聞いて猿は愉快そうに笑った。
「大仰に驚きよって。久しいなどと言って、三日前にあったばかりではないか」
「そうだったかの」
「海を見るうちに呆けたか」
「そうかも、しれんな」
 亀はそう言って木の上を見上げた。猿は亀の横に来て座った。

 亀と猿の出会いはかれこれ五年ほど前になる。砂浜にあがった亀が、木の上の熟れた柿が落ちてくるのをじっと待っていた時、猿に声をかけられたのだ。
「取ってやろうか」
 そう言って猿はするすると木に登り、柿を取ってきてくれたのだ。礼を言うと、猿は頭をかきながら笑った。
「礼などとんでもない。しかしな、わしにもほしいものがあってだな」
「欲しいもの、と」
「おう、海の中の、あの岩の下にある、角のある貝をとってきてほしいのだ」
「あすこにある栄螺か。それぐらい、おやすいことよ」
 そうして、栄螺をとってくると、猿はそれを両手で高く持ち上げた。
「ずっとわしはこういう貝を食べてみたかったのだ」
「そういうものか」
「そうさ、いつか海の底の竜宮にも行ってみたいの。きっとおぬしの甲羅のように綺麗なものばかりなのだろう」
 猿はそういって亀の甲を眺めた。亀の甲羅は当時滑らかで傷一つなく、また亀自身もその事を誇りにする節があった。猿の言葉に亀は口角をあげた。
「それほどでもないわ。それによ、竜宮には地上のものは入れんことになっておるからの」
「はは、それはわしも知っておるわ」

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