小説

『亀の甲羅が割れた顛末』三号ケイタ(『くらげの骨なし』)

 そうして亀は猿に真珠の粒のような物を渡した。それを飲むように促され、猿は飲んだ。何のためらいも無く、それを飲み込むと、たちどころに猿はぐったりとし、意識を失った。

 猿の意識が完全に飛んだのを見て、亀は猿を背負い、海へと入っていった。
 竜宮についてから、この猿は即座に腹を割かれるだろう。数年来の友を、この手にかけるのと同じことだと亀は思った。しかし、これは、主命である。それを守れないのならば生きている意味すら無いのだ。なにより、この命令は他ならぬ乙姫のためなのだ。そう思い、亀は海深くへと泳いでいった。
「連れてきたか」
 門につくと、海月が手を挙げた。亀の背負う猿を見ると、声を高くして言った。
「ちゃんと生きておるの。上々ではないか」
「・・・通るぞ」
「これで、乙姫も快方に向かうだろうの」
 そうでなくては困る。しかしそうは言わずに亀は門をくぐった。

「よう連れて参った」
 宮殿に参内した亀の頭上から竜王のご機嫌な声が響いた。
「主命、とあらば」
 亀は顔を上げなかった。
「ようやったわ。ではさっそく肝を姫にとらそうかの」
「そのことで、ございますが」
 そこで亀は口を開いた。「お願いがございます」
「ほう、なんじゃ」
「この猿は、陸におったころより一度竜宮というものを見たいと申しておりました。今このまま肝を取り出せば、今生の願いも叶わぬこととなります。どうか、一度竜宮を見せ、願いを叶えてからにしてはいただけないでしょうか」
「ううん。まあ、そうだの。それを猿が願っていたのなら、そうしてやろう。お前の知己であるからな。海の幸も食わせてやろうか」
「御意。お気遣い、痛み入りまする」
 亀はそう言いながら、それぐらいしかこの猿にしてやれることができない自分に、ふがいなく思った。猿はもはや知らずまな板の上にいるも同然であった。

 
 猿が目覚めると自分の顔に大きな気泡がまとわりついているのに気づき、それで呼吸ができているのに驚いたようだった。亀は声を掛けた。
「どうだ、気分は」
 猿はしばらくじっと周りを見回していたが、ゆっくり、亀に言った。

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