小説

『亀の甲羅が割れた顛末』三号ケイタ(『くらげの骨なし』)

「貴様、猿とよくつきあっておるらしいの。違うか?」
「その通りで、ございます」
「ならば儂が望むことは何か、分かろうものだがの、ん?」
「・・・しかし」「何じゃ」
「あれは私の長年の知己でございます。はい、とお渡しすることはできかねまする」
 亀は、頭を下げる自分の首が、ひやりとするような、重い緊張をずっと感じていた。竜王の願いなど分かりきっているが、しかし二つ返事などできようもなかった。
「では貴様」
 海月が横からゆったりと歩いてきた。「貴様は主君に死ねと申すか」
「・・・そういうわけでは」
「そういうことであろう。そしてよ、貴様のしておることは、私情にかまけて、主をないがしろにすることに他ならんではないか」
 竜王はうなずいた。
「これは、儂の命ぞ。猿をつれて参れ。できなければ貴様を許してはおかん」
「・・・御意」

 亀は自室に戻ると、仰向けに天井を見た。フジツボのついた色とりどりの岩天井は、自分が部屋をあてがわれたときにはまだ無かったものだ。何年も勤めるうちに、フジツボも増えていったのである。亀は向き直ると、岩の上に張り付いている鮑をむしった。

 夜明けを待って、亀は砂浜に上がった。夜明けの海は、雲が青白く広がり、それが朝焼けの鈍い橙色に染められていくのを、亀は黙って見ていた。
「よお、亀公」
 夜が明けてからしばらくして、後ろから声を掛けられた。ゆっくりと、亀は振り返った。
「や、猿公。早いな」
「お前ほどではないな。だが、今日はどうした。少し疲れているようだが」
「最近海が忙しくてな」
「そういうものかの」
「ああそうだ、これは土産だ」
 そう言って、亀はふところから鮑をとりだした。それを見て猿は顔をほころばせた。
「おおこれは、立派な鮑だ。うまそうだの」
「そうだろうよ。竜宮の海の幸はうまいぞ。それでなあ、猿公」「おお、どうした」
「・・・竜宮に、行ってみたくはないか」
「それはいいの。しかし、竜宮には陸のものは入れぬのではなかったか」
「実は先日な、竜王におぬしのことを話すと、それは良いと仰ってな。ぜひおぬしに馳走をしたいと思ったのだ」
「それは僥倖だわい。竜宮の主がそのようなことを言ってくれるとは。ぜひ行きたいものよ。しかしだ、わしは泳げんぞ」
「その心配にはおよばん。眠っているうちにつくわ」

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