小説

『亀の甲羅が割れた顛末』三号ケイタ(『くらげの骨なし』)

 そう言うと、乙姫はまた静かにほほえんだ。国中の典薬がどうすることもできない病を治す物があろうか。竜王は必死になってそれを探し、あらゆる妙薬の話を聞いてはそれを試した。しかし、どれもうまくはいかなかったのだ。亀にも、現状乙姫を救う手立てなどみじんにも思いついてはいない。しかし、どうにかしたいとだけ願った。
 猿の生き肝の話が出てきたのはそうした矢先である。

 亀は勤めが終わると、自分の居室で黙っていた。目の前の海藻は、絶えず水の流れに乗り、ゆっくりと、不規則に揺れ続けていた。海藻は岩から生えており、そこにはフジツボや、鮑が張り付いている。
「おい、亀よ」
 声を掛けられた亀が振り向くと、先ほど乙姫の容態を伝えた海月が揺れていた。海月は先ほどと同じようにうっすらと笑って言った。
「なあ、少し話そうじゃないか」
「どうしたというのだ」
「亀よ、お前は乙姫のことを好いておるのか」
「お前は何を言うのだ。そのような戯れ言は臣下にあるまじきことであろう」
「はは、それもそうだの。しかしお前は昔から姫と仲が良いからな」
「それは昔から姫君とはよう遊んだからの」
「ならば、姫のことを大事に思う気持ちは一入だろうよ」
「・・・誰しも姫のことは大事に思っておる」
「おい、亀よ」
 ぶすりと応える亀に対して、海月はゆっくりそばに近づくと、言った。
「どうすれば姫を救えるのかは、お前が一番分かっているのではないか?」
「貴様、何が言いたい」
 亀は首を振った。海月はゆっくり亀と距離をとった。亀がうなずくそぶりを見せないとみるや、こう言った。
「もう一度言うておくぞ。お前だけが、姫を救えるのかもしれんのだぞ」
「・・・・・・」
 亀はうなだれて岩の周りを回った。何も、言うことはできなかった。海月もう何も言わずに部屋を出て行った。
 一日の後、亀に、宮殿に来るよう命が下った。

「亀よ。儂はお前に失望しておる」
 宮殿に参上した亀に対して、竜王は重々しく言った。豊かに広がったひれと、幾本ものひげが揺れる。
「何が、でございましょうか」
「とぼけるでないわ」
 竜王が叫んだ。水流が逆巻き、天井を揺らした。
「貴様、猿の生き肝を隠しておるだろう」
「何をおっしゃいます。私はそのようなものを持ち合わせてはおりませぬ」
「貴様自身はな。しかし、猿の生き肝のあてがあってそれを隠しておるのは同じことじゃ」
「・・・」

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