小説

『亀の甲羅が割れた顛末』三号ケイタ(『くらげの骨なし』)

 そうして、話をするうち、二匹は仲良くなったのだ。亀は、浜辺に出て猿と話をするのが、今はもう日課のように思っていた。

「どうした、ぼんやりとして」
 猿は亀を見ていった。亀は慌ててごまかした。
「いやあ、こりゃ良い天気だと思うてな」
「はは、やはり呆けておったか」
 結局その日、亀は生返事ばかり続けて猿と別れた。竜宮へ戻りながら、亀は猿との出会いを思い返していた。海の水は青く、奥まで続き、その更に奥に何があるのかは、亀にはもちろん、魚や蟹や海老、竜宮に暮らすどの生き物をも知らないことだった。
 竜宮の城へ戻ると、門番の海月が話しかけてきた。
「どうだ、調子は」
「どうもこうもあるか、普通だ」
「へえ、そうかい」
 その言葉に海月はうっすらと笑った。それから骨張った手を門に掛けると、声をひそめるようにして言った。
「姫は、だいぶ調子が悪いそうだぞ」
 その言葉を聞いて、亀の胸はひどく痛み出した。
 姫、は正式には乙姫という。竜宮の主、竜王の一人娘である。美貌は四海に及び、その優しさはふれ合うものをみな癒やした。亀も乙姫には幼少から厚く世話になっていると思っている。乙姫と亀は年が近いこともあって、よく一緒に遊んでいたのだ。珊瑚の隙間を縫ってきれいな海の水を見たり、色とりどりの小魚たちと戯れたりもした。亀にとっての乙姫は、ただの主の姫君などではなかった。
 その姫が重い病にかかってしまったのだ。ある日枕元に亀を呼んだ姫はそっと呼びかけた。
「なあ、亀や」
「なんでございましょう、乙姫様」
「私はもう、長くはないのかもしれません」
「とんでもないことを仰るものではございませぬ。そのようなことを仰られますと、竜王様もお悲しみになります」
「いいのです、自分のことは自分がようわかります」
 乙姫の病は、海中のどの典薬をもってしても治すことはできなかった。日に日に、姫は弱り、次第に体を動かすことすら叶わなくなりつつあった。
「そんな、ことは、ございませぬ」
 亀は必死で気持ちを抑えて言う。そんな様子を見て、乙姫はほほえんだ。「しかし、」と言った。
「しかしもしも、世に妙薬があるのならば、私の病を癒やせる物もあるのかも知れませんね」
 そういう乙姫の横顔は悲しそうで、亀にはたまらなく苦しかった。願望と決意とが混じった気持ちがこみあがるのを感じて、亀は強く言った。
「そういったものの話を聴きましたら、この亀、即座にそれを得て参りましょう」
「本当ですか」
「ええ、お約束いたします」

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