ワイパーがリズミカルに、フロントガラスの雨を拭き去っていく。サトルはため息をつきながら、ふとバックミラーを見る。後続車は見当たらない。
「・・・ひでぇ雨だ」
道の左側は深い谷になっていて、眼下には川が流れている。曲がりくねった山間の細道は、それでなくてもサトルを不安な気持ちにさせていた。
「食べる?」
助手席の千雪がスナック菓子を差し出す。
「東北の秘湯に行こう」と誘ったのは、もともとサトルの方だった。けれども、生憎の悪天候と、道に迷う始末。本来なら、責められてもいいはずなのに、千雪の明るい声に、サトルはすこし、救われた気持ちになっていた。
「やっぱり、さっきの道、右だったんじゃない? でもさー、この車のカーナビ、ぜんぜんアテにならないみたいね」
画面の現在地は、山のど真ん中を指し、微動だにしていない。
「レンタカーだし、ナビが古かったんだ。スマホもあるし、大丈夫だと思ったんだけどなぁ・・・」とサトルは答える。
「そのスマホも、充電なくなってるけどね。あれ?」
「ん?」
「ねぇ、ホラ、あそこ。人が立ってる」
千雪が指を差す先へ、サトルは目を凝らしてみる。レインコートを着た男が、誘導棒を振っている。
クルマをそばまで走らせ、窓をおろす。
「あの・・・ちょっと聞きたいんですが」
と、サトルが聞くよりも早く、その初老の男は言った。
「なんだ、どこから来た? ダメだよ。この先は、川の増水と土砂崩れで通行止めだ」
「そうなんですか? 僕たちI県の温泉に向かう途中だったんですけど、道に迷ってしまったみたいで・・・」
初老の男が、ちらりと千雪の顔を盗み見る。
「温泉?・・・んなもん、ウチの村にもあるぞ」
「え!」
千雪は無邪気に、うれしそうな声を上げる。
「この辺りは、人通りもあまりねぇし。ただでさえこの大雨だ。運転もアブねぇぞ」
千雪がサトルの顔を、じっと見ている。
「ウチの村ぁ、泊まれるぞ」
千雪の顔が、パッと輝く。サトルも正直、慣れない悪天候下の運転に疲れていた頃だった。
「じゃあ、お世話になろうか?」
「ウン、そうしよう、そうしよう!」