「トイレは共同だ。廊下の奥を曲がったところにある。今日は誰も泊まってない。この部屋を使ってくれ」
トメに続き、二人は中に入っていく。中は和室。
「わぁ！ 渋っぶ〜。あ〜あ、雨じゃなかったら、いろいろ探検してみたいよね」
千雪が声を上げる。トメがその姿を見つめている。
「いつもは、こんなに降ったりしねぇ」
心なしか、暗い顔をしながらトメが言う。
「温泉は、外の離れにある。晩御飯は、下に用意すっから」
「あ！ お婆ちゃん、待って」
「なんだ？」
千雪が、立ち去ろうとするトメの手を取る。驚くトメ。
「あの、手・・・」
ハンドクリームを取り出し、トメの荒れた手に大事そうに塗る千雪。トメは、複雑な表情で、その手を見つめていた。
雨脚はさらに強くなっているように見える。寝転びながら、スマホを充電中のサトル。
「・・・やることないな」
「たまには、スマホのない生活もいいんじゃない？」
千雪が笑う。
「いつの時代の話だよ」
「今回は秘湯ツアーでしょ？ それよりさ、せっかくだし、お風呂入りにいこうよ？」
「お、いいね。運転で疲れたからなぁ」
「道に迷ったしね」
「それは言うなって」
「あ・・・その前に、ちょっとトイレ行ってくる」
部屋を出て、廊下を進む千雪。突き当りの角を曲がると、足元の床に、小さな足跡が点々とついているのに気づいた。
「足跡・・・？」
千雪がかがむと、手毬がコロコロと転がってきて、足元にあたる。小さな子供の笑い声がする。千雪は顔をあげる。すると、目の前に、和服に赤いちゃんちゃんこを着た、おかっぱの女の子が、不思議そうな顔で、立っているのに気づいた。
「あら・・・？ こんにちは。かわいいお着物だね」
女の子は笑顔になり、コクリと頷く。