小説

『東北奇譚』ヤスイミキオ(『遠野物語』)

「誰だ!?」
 廊下を駆け上がる千雪。転がるように、部屋に飛び込む。
「ちょ、ちょ、ちょっと! サトル! サトル! 起きて! すぐ逃げないと!」
「・・・なんだよ」
「でないと、わたし、殺されちゃう!」
「おい、なに言って・・・」
 カバンに荷物を投げ入れる千雪。
 ゆっくりとドアが開き、鎌や包丁を手にした村人が入ってくる。
「その娘を、渡せ・・・」
 布団から飛び起きるサトル。ジリジリとにじみよってくる村人。
「その娘は大切な生贄だ。黙って渡せ!」
「おい、ちょっと、なに言って・・・」
 サトルに襲いかかる村人。腕を軽く切られる。
「痛って!」
 村人とサトルの取っ組み合い。投げ飛ばされ、押し入れのふすまにふっとぶ村人。
 外れたふすまを持ち上げ振り回すサトル。
「うわぁああ! 千雪、走るぞ!」
 ふすまごと村人に体当りし、部屋から逃げ出すサトルと千雪。階段を駆けおりていく。

 車庫まで走ってくるサトルと千雪。車のキーがないのに気がつく。
「あ・・・鍵・・・」
 足音がして、振り返るとサトル。と、トメが立っている。手に車の鍵をもっている。
「・・・急ぎな」
「いくぞ、千雪!」
 運転席に滑り込み、エンジンを始動させるサトル。乗り込む千雪。助手席から窓をあける。
「・・・お婆ちゃん」
「オレにも昔、娘がいた・・・『千雪』って名前でな・・・」
 村人たちが駆けつけてくる。
「トメ! そいつらを逃がすな!」
 千雪を見つめる、トメ
「・・・手、ありがとな」
「お婆ちゃんは?」
「もうこんな事は、くりかえさなくていい・・・石碑を過ぎたら、左に行きな! それで峠を抜けられる」
 トメが叫ぶと同時に、勢い良く走り出す車。悲しそうな表情の村人たちを置き去りに、村の道を駆け抜けていく。
 フロントガラスを勢い良く叩きつける雨。村外れの石碑を通過する。と、一人の老女が寂しそうに立っているのに、千雪は気がつく。

1 2 3 4 5 6 7 8