小説

『それからそれから』広瀬厚氏(夏目漱石『それから』)

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 時はバブル景気に湧く昭和六十年代。
「なるほど。東京大学を卒業したのちいろいろ思うところあって就職せずにいたが、このたびその考えが変わり、我が社の中途採用募集に応じたと・・・ですね、長井代助さん」
 たいへん裕福な家庭に育った代助は、子供の頃より何一つ不自由なく過ごしてきた。学生時代、親の金を使って思う存分に遊びたおした。大学卒業後、就職も何もせず、毎日ぷらぷら適当に遊び暮らした。もちろんアルバイトなど労働のたぐいは、一度たりともしたことがない。そんなことをしなくとも親が毎月、暮らすのに十二分な金を与えてくれた。そんな彼は、自分はやりたい事しかやらない、高尚な自由人だと気取っていた。
 しかし・・・・
「はい、その通りです。ときに寺で座禅を組んだりしながら、人間とは何か? 世界とは? 社会とは? 宇宙とは? などなど思考を巡らす日々を送っていました。自分なりに何かしら悟りを得たいと思っていたんです。そうしなければ一歩も前へ進めない気がしまして・・・・ところがですね、本当に偶然なんですが、御社の中途採用募集を知ったんです。すると自分のなかに電流のようなものが走りまして、ここで働くことがおまえの天命なんだ、と、何処からか声が聞こえてきたんです。もし採用されたなら、自分は全力を尽くして御社に貢献するつもりでいます! 」
 まったくそんな訳がない! できれば一生遊んで暮らしたかった。し、半分その気でいた。が、突然働く必要が生じた。で、彼は口から出まかせを言った。
 代助は、金満商事が社員に対して大変にゆるい会社だと、知り合いから聞いていた。それに、適当に働いて結構高い給与が貰える、とも聞いていた。働く必要が生じて、どうしたもんだ? と頭悩ませているとき、ちょうど金満商事の中途採用募集を知った。これは良い! と、さっそく履歴書を書き面接に向かった。
 即決採用。と言おうか、会社のほうが東大卒の代助を、もう放さないぞ、ってな感じだった。まあちょろいもんよ、とニヤリ代助はほくそ笑んだ。

 一年ほど前に戻る。代助はひとりディスコのVIPルームにどかっと腰をすえ、生ハムメロンでドンペリニヨンをやりながら、フロアでクネクネあほ踊りに興じる女達の尻や胸をながめ物色していた。
 今宵はどの女を自慢のBMWに乗っけてお持ち帰りしようかしらん。とその時、彼の股間がビビンと激しく反応を見せた。大変自分好みな女を眼中に捉えたのである。すぐさま彼はソファーを立ちナンパへ向かった。
「ねえ君可愛いね。ひとり? どこから来たの? 僕のいるVIPルームに来てちょっと休まないかい」
「ええいいわよ。ちょうど一休みしようかなって思ってたところなの。あ、うん、そう、今日はひとりよ」

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