小説

『それからそれから』広瀬厚氏(夏目漱石『それから』)

 と代助は答えず、兄が使ったグラスをさげ、新しいグラスをひとつ持ってきて、三千代の前に置いた。チェイサーが欲しいと彼女が言うので水のはいったグラスも持ってきた。
「みっちゃん俺たち別れよう。もう会わずにいよう」
 細かい説明をするのが面倒に思った代助が単刀直入に言った。すると、
「あらら、どうしちゃったの?」と、軽い感じに三千代が返した。
 その言葉に、ああ、もう重く考えるのも面倒だ! と、代助は腹をくくった。
「みっちゃん、俺のおやじの愛人なんだってな。兄から聞いてもうびっくりだよ」
「ええそうよ。得ちゃんにはすごく良くしてもらってるわ。このマッカランも得ちゃんがくれたの。でへへ」
「と、と、得ちゃんって・・・あれっ? ひょっとして俺がその息子だってこと、ずっと知ってたのかい」
「もちろん最初はそんなこと知るはずもなかったけど、つき合っているうちに自然と気づいたわ。名字やらなんやらでね。えへっ」
「はあぁっ・・・親子穴兄弟とは、とほほだよ」
「そしてわたしと代ちゃんは、同じパパを持つ義理の姉弟ってことね! なーんちゃって。ウフッ」
 すっかり吹っ切れた代助は、今晩兄が持ってきた話をすっかり話した。
「それは残念ねえ。わたし得ちゃんよりやっぱり若い代ちゃんのほうが良いんだけど。わかった! 得ちゃんと別れてわたし代ちゃんの愛人になるわ」
「残念ながら俺にはそんな財力はこれっぽっちもありま千円、て言うか、おやじ怒らせて金もらえなくなったら無職無収入の俺は文無しだよ・・・ああ、クワバラクワバラ。ってことで俺たちきっぱり別れよう」
「そうね、しかたないわね。じゃ、今晩は最後に泊まっていくわ、ねっ、良いでしょ。ウフフフ」
 その晩ふたりは火の様に、熱くて赤い旋風をまいて、朝まで燃えた。が、
〈もう金など要らぬ、このままふたりして永久に燃え上がり、燃え尽きて、自然の中に灰となり消えてしまっても構わない〉
 なんてことは、これっぽっちも思わなかった。ただ、これでお別れだと思うと、互い急にとても惜しくなった。
 ふたりは昼すぎに起き、とうとう別れの時が近づいた。
「やっぱりこれからもこっそり会おうか」と、代助が別れ惜しげに言う。
「わたしもそうしたいけど、得ちゃんにばれた時のこと考えると・・・その覚悟が代ちゃんにあるんだったらね」と三千代が言う。
 代助は、はぁ、とため息をこぼし、残念だけど覚悟はないからしょうがないな、と呟いた。
 別れの時がきた。

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