小説

『それからそれから』広瀬厚氏(夏目漱石『それから』)

 誠吾は探偵の撮った証拠写真を手に事務所を出た。

 誠吾から代助に、話があるので夜に部屋へ伺う、と連絡が入った。幼い時分よりずっと代助は兄のことが苦手である。兄弟でありながら二人の間柄はいつもよそよそしい。代助は、いったいどんな話なんだろう? と、兄の訪問がとても不安になった。
 いまだ何もせず遊び暮らす自分のことを前から良く思っていない兄である。きっとそのことについて小言でも聞かされるのだろう。兄の話はいつもしつこい。ことに説教となると酷くねちっこい。どんな対応をするべきか? 用事が出来たと言って今からでも断わろうか。断わったところで、それで話が終わるわけではないだろう・・・と、気が気でない代助はひとり悶々と考えるのだった。
 夜八時をまわった頃、代助の部屋のインターホンが鳴った。玄関を開けると誠吾が深刻な表情をして立っていた。じゃあ上がらさせてもらうぞ、と言って誠吾は玄関を上がった。
 重苦しい部屋の空気。ソファーに腰掛けた誠吾に代助が言う。
「兄さん年代物のマッカランがあるので飲みませんか」
「じゃあ貰おうか」と誠吾が応える。
 それは得から三千代がもらい代助にやったものだった。
 盆に乗せダイニングから運んだ高級ウヰスキーとグラスを二つ、代助はソファーに挟まれたテーブルの上に置いた。
「割りますか?」代助が尋ねると「いやストレートでいい」そう兄は返した。
 兄の前に置いたグラスに代助はウヰスキーを注いだ。
「ずいぶんと高級なウヰスキーだけど、どうしたんだい、買ったのかい?」
「ちょっとした知り合いに頂いたんです」
「そりゃ羽振りのいい知り合いがいたもんだな」
「ええ」と代助は短く応え、自分のグラスにもマッカランを注いだ。そしてひとくち舌の上に味わった。
 誠吾はなにげない世間話を始めた。代助はそれに対し時折軽くあいづちを打って聞いていた。
 なかなか肝心な話を切りださない兄に代助が口をひらいた。
「ところで兄さん、僕になにか話があってきたんですよね。それは一体どういった話なんでしょう?」
「ああ・・・・・」と誠吾は、すぐには話ださない。暫し間を置いたのち、ふぅ、と軽くため息をつき言った。
「ところで代助、今おつき合いしてる女性とかいるのか?」

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