…砂漠が広がっている。
砂塵によって空は黄色くかすみ、一陣の風が吹くとざわりと砂が舞いあがる。そして、砂はどこまでも遠くへと運ばれて行った…。
「…未明の『眠い町』に出てくる砂ってさ、老人が『疲労の砂漠』から持ってきたものだって、知ってた?」
図書館にある書架の通路を一組のカップルが通り過ぎて行く。
椅子に腰掛けていた私は、彼らの声でふと目を覚ました。
…いつのまにか、眠ってしまったらしい。
ひざに広げた本を閉じると、私は少し伸びをしてから壁にかかった時計を見る。
時刻は夕方の五時半過ぎ。
…そろそろ母の夕食を手伝わなくてはならない。
そうして立ち上がろうとすると、つと男性が持っている本へと目がいった。
「でもさ、『疲労の砂漠』なんて、どこにあるんだろうな?」
そう言うと、男性はケラケラと笑いながら本を軽くふった。
…それは一冊の絵本。
著者は小川未明。
見出しには、手書きの文字か『眠い町』と書かれている。
私は自分が長いことその表紙を見つめていたことに気がつくと、あわてて頭をふってから立ち上がった…。
…どうして、あの本が気になるのだろう。
私はスカートの裾についた砂をはらいながら、そう考える。
座っていた場所にはいくぶんかの砂がついていた。
…おそらく児童書の棚近くにあった椅子だから、子供が砂遊びをしたあとで座ったから砂がついたのだろう.
図書館の近くには公園もあるし、理由はそれだけで十分だ。