小説

『砂塵のまどろみ』化野生姜(『眠い町』『砂男』)

…そこには呆然としながら立っている祖母がいた。
机の上にはまっぷたつに割れたグラスがあり、彼女が手にポットを持っている事から、そこに湯を注いだのは明白であった。

「…ごめんなさいね。朝のコーヒーを淹れようと思ったのだけれど…。」

そう言うと、祖母はすぐにそそくさと私のわきをすりぬけて、自分の離れへと戻って行く…。

祖母は朝が早い。しかも誰もいないと気が急くらしく、ときおり一人で朝食を作るまねごとをする。だが痴呆ゆえに常識を忘れており、たびたびものを壊しては途方に暮れてその場を去っていく。

…私は、すでにそんな祖母の行動を半ばあきらめ気味に受け入れていた。

手に取ってみると、割れたグラスは私のもので、まだ図書館で働いていたときに購入したベネチアングラスであった…グラスは、きれいに二つに割れている。
それは、友人と東京に行ったときに一目惚れして買ったものであった。

…しょせん身の丈に合わない物を買ってしまったバチなのかも…。

ふと、そんな言葉が頭をよぎる。

…でも、もう二度とあんなところにはいけないんだろうな。

そう考えた途端にひどい頭痛が襲ってきて、私は今考えた言葉をふりはらうかのように、ただ黙々と割れたグラスを新聞紙にくるむことにした…。

…祖母との食事が終わり、彼女を離れへと送ったあと、私は昨日の昼から朝にかけて届いた集配物の整理をはじめる。

パートから帰ってくる母は、決まってくたくたに疲れていた。
そのために家にたまっている集配物まで手が伸びないのが現状だ。

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