小説

『ナビの恩返し』戎屋東(『鶴の恩返し』(全国))

 それからしばらく、紬は多忙を極めていた。それでも休日は決まってドライブに出かけた。
「今度の金曜日休めそうなの、ドライブ行こうよ」
「紬が良ければ、僕はいつでも暇だから」
「そんなに拗ねないの。翔くん、就職先決まったんだから、これから忙しくなるって。それより『行きたいところ』今度は何処にセットするの」
「いや、まあ、その時のお楽しみということで」
 紬は、僕が『目的地』をセットとしているものと思い込んでいる。実は、あの日から何度もナビを調べたが、結局判ったことは、目的地を設定する機能は付いていないことだけだった。どういう仕組みかは分からないが、ナビが勝手に案内しているとしか考えられなかった。それに、僕が就職先に決めた設計事務所も『行きたいところ』に案内されたところだった。

 その日は朝から晴天だった。僕は車に乗り込みキーを回した。何回もキュルキュルという音をたて、ようやくエンジンが動き出した。
「よかった。寒くなると、なかなかエンジンがかからなくて。じゃあナビを起動してと」
「ちょっと待って、私に押させて」
 紬がスイッチを押すと『行きたいところ』という文字が表示された。紬は、何の迷いもなく『設定』ボタンを押した。すると、いつものように矢印が表示された。
「翔くん、何処いくの」
「だから、お楽しみだって」
 もちろん、何処にいくのかなんて僕にも分からなかった。車は、街を抜け、県境の高原に向かって走っていた。二時間ほど走って、色付いた橅や楓の森を抜けると急に視界が開けた。
「すごい。紅葉だけじゃなくて山の上に薄らと雪が積もっている。最高の景色だね」
「本当、それにしても今日で良かった。これだと土日は渋滞で紅葉どこじゃないよ」
「翔くん、目的地はこの先の展望台ね」
「うん、まあ」

1 2 3 4 5 6 7 8 9