小説

『ナビの恩返し』戎屋東(『鶴の恩返し』(全国))

 電源を入れると、やはりロゴが表示された。ここまでは、何度か見ている。
 車のエンジンをかけると、ロゴが消え画面に文字が現れた。そこには、
『注意:使用中ホームボタンは絶対に押さないでください・・・』と言うことがくどくどと書かれていた。
 しばらくすると、その文字も消え、変わりに道路地図の上に車の位置が表示された。このナビが製造された時代とは道路も随分と変わっているだろうと思いつつ、地図を凝視した僕は驚いた。そこには、僕が知っているマンション周りの道路と寸分違わぬ地図が表示されていた。
『地図情報を自動的にアップデートするのかな。そんなことないか。もしかして、ナビを取り付けた時にアップデータしてくれたのか。後で方法を聞いてみよう』

 日曜日、僕は早起きして二人分の弁当を作った。紬には言ってないけど、少し足を延ばして県境の高原に行こうと思っていた。
『やっぱり、ゆっくり寝ていたい』という紬を何とか説得し、昼前にやっと出かけることができた。
 愛車に乗り込み、エンジンをかけナビの電源を入れた。助手席の紬は、相変わらず不機嫌そうな顔でナビを見ていた。
「今日は何処に行くの」
「うん、爽やかな空気を吸いに・・・」
 僕が言い終わらないうちに、紬がナビを指差して、
「ねえ、ナビに『行きたいところ』とか出ているけど、何これ」
「え、僕も初めて見た」
「じゃー、押してみるよ」
 紬は画面にタッチした。
「無理だよ、これブラウン管だよ」
「ブラウン管、何だか分からないけど、じゃーこれは」
 紬は勝手に『設定』ボタンを押していた。すると『行き先を設定しました』と表示され、画面に矢印が現れた。

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