小説

『ナビの恩返し』戎屋東(『鶴の恩返し』(全国))

「何これ、面白そうじゃん。矢印の方向に言ってみようよ」
 こうして僕たちは、行き先も分からないまま、ナビが指し示す道順を辿って車を走らせることになった。それに、紬はナビが示す道順を読み上げるのがやけに楽しそうだった。
「はい、次の交差点を右、それからしばらく直進し、今度は左」
 二人を乗せた車は、街を抜け、砂浜が広がる海岸線を東に向かって走っていた。すると、
「あれ、何か丸いマークが表示された。ねえ、ここが『行きたいところ』じゃないの」
 そこは、海を見下ろす岬の展望台だった。紬は気づいていないようだが、僕は、しばらく前から分かっていた。そう、ここは僕が紬にプロポーズした場所だということを。
 僕たちは車を降り、眼下に広がる穏やかな海を見ていた。その時、紬がポツリと言った。
「プロポーズしてくれた場所だよね。翔くん、ナビにセットしていたの」
「なんだ、紬も気が付いていたのか」
 ナビの使い方を知らない僕に、この場所をセットできるはずがない。多分だけど、このナビにそんな機能は付いていない。でも、そんなことはどうでもよかった。紬があの頃の紬に戻っていくようで、そのことが嬉しかった。
「あの頃を思い出すね。なんかさ、最近、素直になれなくってごめんね」
 僕は、少しだけ潤んだ瞳を見られるのが恥ずかしくて、真っ直ぐ水平線を見ていた。

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