小説

『舌を切る』本間海鳴(『舌切り雀』)

「うん、俺。こないだ電車で会ったさあ、うん、スズちゃん。来てるよ。美玲もおいでよ」
がこん。アームは、怜央さんをかすっただけで、やる気なさそうに上に上っていった。何も掴むことなく。
「え? いや、たまたまだと思うけど。なんでそんな怒ってんの?」
玲央さんは電話をしながら、こちらを見て、困ったような顔で目配せした。怜央さんは多分、全部理解したのだと思う。何もかも。
「美玲が来るなら、私帰ります」
私は鞄を引っ掴んで、わざと語気を強めてそう言った。今すぐ電話を切って、私を止めてほしかった。なのに、怜央さんは電話を切らず、寂しそうな顔で私に片手を挙げて挨拶した。止めてはくれなかった。
「いや、今からでもおいでよ。ごめんって。謝らせてよ」
優しく、何かを全部包み込むような甘い怜央さんの声を背中で聴きながら、私は店を出た。何かから逃げるように、早歩きで家に帰った。スマホが短く鳴り続けていた。
【ねえ】
【あんた怜央に会いに行ったの?】
【最低】
【やっぱあんたクソだよ】
【もう近付かないで。救いようないね】

1 2 3 4 5 6 7 8 9