小説

『優しい鬼たち』川瀬えいみ(『節分の鬼』(岩手県))

 幸せの絶頂にある時、人は、今が自分の幸せの絶頂の時だと気付いていないことが多い。
 半月前の田高ミユキがそうだった。
 夫との間に子どもができたことがわかり、二人して大喜び。二人が高校卒業まで入所していた児童養護施設に妊娠の報告をするべく、週末に訪問したいと連絡を入れたばかり。
 私はこれまでより幸せになる。これからは親子三人で幸せな日々を積み重ねていくのだと、その時、ミユキは信じて疑っていなかった。
 まさか週末を待たずに、夫が命を落とすことになろうとは、その時、ミユキは考えてもいなかったのだ。
「僕のタスクという名前は、人を助けるという意味なんだ。僕は恵まれた境遇に生まれたわけじゃないけど、自分の不遇を嘆くより、困っている人を助けられる人間になりたいと思って生きている方が、僕自身も幸せでいられる」
 生前言っていた通り、タスクは事故に巻き込まれかけた子どもを助けようとして、命を落とした。
(よその子を助けて……でも、私は? 私たちの子は?)
 強さと優しさから成る彼の生きる姿勢。それこそが彼の最大の美点とミユキが信じていたものは、一瞬で呪わしい短所に変わってしまった。

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