小説

『優しい鬼たち』川瀬えいみ(『節分の鬼』(岩手県))

 二人は共に天涯孤独の身。警察署の遺体安置室でタスクの身元確認を行なったのはミユキ一人だけだった。遺体の顔を見るのが怖くて、恐る恐る、床から少しずつ視線を上に移動していく。
 タスクの首、右耳の下には、タスクが『人助けの勲章』と呼んでいた怪我の痕がある。三本の赤い線で描かれた古い傷だ。子どもの頃、死にかけていた人を助けた時についた傷なのだと、彼は言っていた。
 どうすればこんな傷ができるのかと訝ったものだが、遺体の首にはその傷があった。
 勇気を振り絞って、遺体の顔を見る。それは間違いなく、ミユキの幸福の片割れたる人の顔だった。ミユキは警察署で気を失い、目覚めた病院のベッドの上で、自分が本当に一人になってしまったことを知ったのである。
 タスクを失ったショックで、ミユキは流産してしまったのだ。
 ミユキは、彼女を幸せの絶頂に導いた二つのものを、同時に失った。

 そうしてミユキは、タスクに出会う以前のミユキ、五歳以前のミユキに戻ったのである。
 私の幸せは永遠に失われてしまった。ぼんやりとそう思った時、ミユキはふいに、子どもだったタスクが話してくれた昔話を思い出した。彼が五歳の時に亡くなった母に聞いたという、タスクの母の故郷に伝わる昔話である。
 妻も子どもも失ってしまった孤独な老爺の望みは、一日も早く妻子の許に行くことだった。ある年の節分の夜、彼は、『鬼は外、福は内』と唱えながら豆まきに興じる幸せそうな家々の様子を垣間見る。かつては自分の家もそうだったのに、福の神に見捨てられた我が身、理不尽に奪われた幸福な日々。老爺は怒りに燃えて、『鬼は内、福は外』と叫びながら、豆まきをする。確か、そんな話だった。

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