小説

『優しい鬼たち』川瀬えいみ(『節分の鬼』(岩手県))

 不思議に迷うことなく、二人は登山道に戻ることができた。
「あ、ここまで来れば、帰り道はわかるよ。お姉ちゃんもわかるよね、帰り道」
「ええ」
 ミユキの首肯を確かめると、彼は駆け出し、澄んだ秋の空気の中に消えていった。おそらく、六歳のミユキがいる場所へ。
 冷たく乾いた赤と金の世界。
 だが、今、ミユキの胸中にあるのは、優しく温かい安堵の思いだけだった。

 鬼という漢字は、異形の頭部を持った人を表わす象形文字で、死者の魂を意味するという。
 あの少年は、自暴自棄に陥り死を求めていたミユキを思いとどまらせるために、子どもの姿で現世に戻ってきたタスクだったのだろうか。それとも、子どものタスクが時を超えてミユキを救いにやってきたのか。
 いずれにせよ、彼がミユキに求めていることだけはわかった。
 彼は、ミユキに『生きろ』と言っていた。
 その是非は、今のミユキには判断できない。
 だが、それがタスクの望みだというのなら、生きていこうと思う。
 一人を寂しく感じるのなら、タスクのように、誰かのために生きればいい。
 生きていればいつか、昔話の老爺のように、優しい鬼たちに出会えるかもしれない。

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