小説

『優しい鬼たち』川瀬えいみ(『節分の鬼』(岩手県))

 彼はその少女がとても好きらしい。少女に言及した途端、彼の青白かった頬は上気し、彼は生気に包まれた。
「その女の子が、君にとっての節分の鬼なんだ」
「ミユキちゃんは鬼じゃないけど……。すごく可愛いんだ」
 少年の口から出てきた名に、一瞬間、ミユキの心臓は動きを止めた。弾かれたように顔を上げると、少年の首筋にある三本の赤い線が、ミユキの目の中に飛び込んでくる。見慣れた古傷ではない。それは、たった今できたばかりの傷だった。タスクの勲章と同じ、三本の赤い線――。
「君の名は……」
 混乱しつつ、ミユキは少年に名前を尋ねた。
「タスクだよ」
 ミユキの鼓動が大きく速くなる。
 タスクとミユキ。
 偶然ということはあるだろうか。
 偶然であるはずだった。ミユキがタスクに出会ったのは、十八年前。都内の養護施設なのだから。
 だが、彼は似ていた。ミユキの記憶の中の、幼い頃のタスクの面差しに。
 違う。似ているのではない。同じだ。
 決してあり得ないその事実を事実と認めた途端、なぜか世界が涙で覆われた。
 瞬時に、ミユキは決意したのである。少年の命を守ることを。
 この子を助けなければ、六歳から二十四歳まで、田高ミユキの幸福な十八年間が失われてしまうのだ。
 ミユキは、一刻も早く山を下り、彼を安全な場所に連れていかなければならなかった。
 ややこしいことは考えていられない。理屈などどうでもいい。
 ミユキは涙を拭って立ち上がった。

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