小説

『舌を切る』本間海鳴(『舌切り雀』)

玲央さんは私のことをそう呼んだ。怜央さんの長くてサラサラした髪は、食べ物を扱うからか後ろで一つに束ねられていて、それでもむき出しになった耳にピアスはついたままだった。私はカウンター席に座って、出されたオレンジジュースを飲みながら、怜央さんを質問攻めにした。バンドは中学からの同級生たちと一緒にやっている。プロになるつもりはそんなにない。将来はこのバーから独立して、自分のお店を出すのが夢。お酒は好きだけど煙草は吸わない。そして、舌をスプリットタンにしようか迷っている。
「あ、私、舌ピなら開いてますよ」
べ、と舌を出して怜央さんに見せた。怜央さんは、おー、すげー、と言いながらピアスを眺めた。その目からは、少年のような好奇心が見え隠れしていた。ぐいん、と開きかけたクレーンのアームを、急いで閉じる。まだだ。まだ取れない。
「……怜央さんは、どうして美玲と付き合ったんですか?」
オレンジジュースが残り少なくなった時、私は思わずそう尋ねた。
「確かに美玲と俺じゃ雰囲気全然違うもんな」と、怜央さんは笑った。美玲は、友達に誘われてディオニソスのライブに行ったことがあるらしい。その友達はバンドメンバーと親しく、ライブ終わりに美玲は楽屋に連れていかれた。
「まあ簡単に言えば、一目惚れだよ」
恥ずかしがるそぶりも見せず、遠くを見つめるような目をして、怜央さんは言った。告白は、怜央さんからしたらしい。
「確かに美玲はファッションも地味だし、バンドにも興味無い。でも、なんていうか、自分の芯を真っ直ぐ持ってる人だなってすぐに分かったから。それって、バンドマンよりもロックじゃね?」

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