あの後、老爺はどうなったんだっけ? 鬼に襲われて、望み通り、死んだ妻子の許に行けたのだったか――。
頭の中が靄でいっぱいで、記憶を呼び起こせない。
思い出すことを諦めて、ミユキは目を閉じた。
身寄りのない者同士、支え合い、つつましく生きてきた。不遇に腐ることなく、恵まれた人々を妬むことなく、タスクと二人なら幸せになれると信じて。
だが、その希望は永遠に失われた。あの昔話の老爺のように、私は幸せの神に見捨てられてしまったのだ。
そう自覚した時、ミユキの胸中に生まれた考えは、自然なものだったのか、狂気の沙汰だったのか。
もう幸せになれないのなら、あの老爺に倣って、鬼を招こう。
ミユキはそう思ったのである。
今よりもっと不幸になれば、もっと悲しくなれば、この苦しみや悲しみを忘れられるかもしれない――と。
不幸になるのだ。いっそ、すべてを捨てて、どこかで野垂れ死んでしまおう。永遠に誰にも見付からない場所で。誰も足を踏み入れないような山奥で。
両親の記憶も故郷も持たないミユキは、部屋を片付けて、タスクの母の故郷に向かった。
紅葉の季節だった。山は目に痛みを感じるほど美しく、紅や金色の綾錦で我が身を装い飾り立てている。
紅葉目当ての登山客を装い、ミユキはその山に分け入った。
標高二千メートルの山の中ほどで、前後に登山者がいないのを確かめてから、わざと登山道を脇に逸れ、ブナ林に入る。それは死の国への道だった。
かさかさと乾いた枯れ葉を踏み、道なき道を二十分も進んだ頃だったろうか。ミユキは、自分のもの以外に枯れ葉を踏む足音があることに気付いて、後ろを振り返った。
そこにいたのは、小学校三、四年生くらいの男の子だった。
ミユキの視線に気付くと、彼は、にっこりとミユキに笑いかけてきた。