小説

『燃えかす』太田早耶(『夏目漱石「夢十夜 第一夜」/花咲か爺さん』)

久しぶりに帰った故郷の空は、相変わらず辛気くさい色をしていた。ベッドの上の姉はそれには目もくれず、俺の方を向いていた。「私、もう死ぬからね」姉は静かにそう言った。そんなこと言ってるうちは死なねえよ、という俺の言葉にも、表情は変わらなかった。落ち着いた顔でこちらを見上げたまま、私のお母さんも、今の私くらいの年で死んだ。そういう因果なんだ、と言うので、俺は何と言えばいいのか分からなかった。これは本当に死ぬのかもしれない、と思った。姉は元気だった時とそう変わらなく見えた。黒く垂れ下がる髪も整えられた指先も、俺が幼い頃の記憶そのままだった。ただその顔の白さが、やたらと目についた。姉は、二つお願いがある、と言った。庭の隅に細い木がある。その根元に大切な物が埋まっているから、それを掘り出してきてほしい。「それは君の欲しいものじゃない。でも、もう一つのお願いもきいてくれたら、君が望むものを、何だってあげるから」姉はそう言って、冴え冴えとした目で俺を見つめた。俺がようやくその目を見つめ返したとき、看護師がやってきて面会時間の終わりを告げた。

翌日、病院に行くと、姉は同じようにベッドに横たわっていた。掘り出した物をサイドテーブルに載せると、姉は、ありがとう、と御礼を言った。それは錆び付いて汚れた、円柱型の缶だった。俺は突っ立ったままそれを眺めた。二度と見たくもない物だったが、他に目のやり場が見つからなかった。ありがとう、と姉はもう一度言った。私には大切な物なんだ。「それで、もうひとつのお願いは」と姉が続けたとき、俺はそちらに顔を向けた。そして一息に言った。「なあ、俺じゃなくてもいいだろ。悪いけど、別の人に頼んでくれよ」この言葉にも姉は顔色ひとつ変えず、しばらく黙って俺を見上げていた。それから億劫そうに身を起こし、テーブルの上の缶に手を伸ばした。俺は口を固く閉じて、姉が缶の蓋を開けるのを見ていた。缶は逆さにされて、ばらばらと中身がシーツの上にこぼれ落ちた。いくつかが転がって床に落ち、軽い音を立てた。俺の足元にも何かが転がってきた。姉は目を伏せて、シーツの上を見つめた。「私にはもう、君の欲しいものが分からない。君は何がそんなに不満で、本当は何が欲しいんだろう」ビー玉やガチャガチャのカプセル、どんぐり、きらきらした何か、個包装のお菓子。色とりどりのがらくたが、清潔なシーツの波の狭間に横たわっていた。

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