小説

『天の羽衣』五香水貴(『天の羽衣』)

 更衣室に設置された木製のすのこは湿り気を帯びていて、靴下のまま上がると、綿がじわじわと水分を吸収していくのを感じた。剥き出しのコンクリートに脱ぎ捨てられたスニーカーに足を戻そうかと逡巡するも、暑苦しい男共の群れの中から脱出できそうにない。「佐々木の鞄コレじゃん?」と言う男子生徒の声に、群衆は一つのロッカーの前に集まった。ロッカーの真ん前を陣取った一人によって、この学年で一番の美人と言われている女子の鞄が開けられ、中から制服や下着が垣間見えると、声を押し殺した歓声が上がる。それは、思春期の性欲が満たされた悦びというよりかは、夏祭りのような、非日常に触れて気持ちがハイになっているだけのようにも見えた。群れの後方に付けた自分も、それっぽい歓喜の声を上げるが、内心では至極冷めた感情で、同学年の男子高校生たちの悪遊びに付き合っていた。分厚いドアの向こう側から教師が吹く笛の音が聞こえ、バシャバシャと水面を叩きながら女子たちがプールからデッキに上がる様子が窺える。「やべえ」と言いながら、一人が佐々木の鞄を元の状態へと戻すと、それぞれがそれぞれの画材道具を持ち、乱暴に転がっていたスニーカーに足を突っ込んで、忍び込んでいた更衣室をあとにした。さも校外でスケッチをしていた風を装って美術室へと戻って行く群衆に一人遅れを取った自分は、不意に、ひらけたロッカーに収まる、一つだけ種類の違う鞄に目を奪われた。この夏に転校してきた、天音希乃(あまねきの)の鞄だ。きちんと閉じ切っていない鞄から、ファスナーが若干噛んでいるワイシャツが見える。こちらは転校までに準備が間に合ったのか、うちの学校の指定のワイシャツだった。まだ真新しい、艶のあるシャツに目を奪われる。

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