小説

『イマージナリー・エネミー』平大典(『撰集抄』(和歌山県))

〈アサコ、調子はどう?〉
 自宅マンションのデスク上に三次元ホログラムで再現された小人サイズの【わたし】が質問してくる。
 白のカットソーに、ストレートのデニムパンツというラフな服装だ。実在のわたしも、大学へはいつも似たような感じで通学している。開けてある窓から夜風がふわりと流れてきたが、【わたし】はデジタルな存在である。風の影響は受けない。
「まあ、ぼちぼちだよ。で、今日はどこへ行ってきたのかな?」
〈ジムへ行ってワークアウトをして。それと、セントラルにあるCDショップで新譜を漁ってきたよ〉
「そりゃあ忙しい」
 わたしは、心のなかでうむむと唸る。自分のツインに休日活動量で負けている。
〈で、あんたはどうだったの?〉
「そうねぇ」わたしは腕を組んだ。「家の周りを散歩した、だけ、です。はい、以上」
〈それは〉わたしの分身は、少しいたたまれない顔をしていた。〈よき週末だったね〉
「ま、これからだよ」
 わたしは通信を切って、決意する。
 来週こそ、電子分身、ツインの自分なんかに負けない、すばらしい週末を過ごしてやる。
 土曜日は友達とカラオケに出かけて、マンションの掃除をする。日曜日は、遠距離恋愛のパートナーとリアルタイム接続デートをして、全部終わったらサウナで身体を整える。
 先月二一歳の誕生日を迎えたわたしにはライバルがいる。
 イマージナリー・エネミー。
 幼いころに、想像上の友達、イマージナリー・フレンドがいた人もいるだろう。
 わたしにはそういった存在がいなかったが、五歳年上の少し意地の悪い兄さんがいた。
 両親がおもちゃを買ってくると独占したり、わたしが読んでいる絵本を奪い去っては押し入れの奥に隠したりしてくれた。たまには優しくしてくれるのだが、どうにもちょっかいを出す衝動を抑えられなかったみたいだ。

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