小説

『イマージナリー・エネミー』平大典(『撰集抄』(和歌山県))

 さて、ツインに負けない週末活動をするのだという熱い決意もむなしく、次の週末は、久しぶりに兄さんと焼肉をすることになった。普段は大阪にいる兄さんが出張で、東京まで出てきたからだ。
 鉄板の上でホルモンがぱちぱちと音を立てて焼けている。
「妹よ、どうだ調子は?」
「なにって。まあまあだね」わたしはカルビを頬張る。「新学期が始まって、いろいろ手続きがてんてこまいなんだ。兄さんこそ、どうなの。ワイトシティの人口も増えているんでしょ」
 兄さんはワイトシティや現実世界の自分を再現したツインを取り扱うメタバース企業、テネウス社にエンジニアとして勤めている。
 つまり、わたしは兄さんが携わるサービスのユーザーでもある。利用を勧めたのも兄さんだ。
「業績は爆伸びって感じ。でも、業務量も爆伸びって感じ」兄さんはワイトシティの日本語設定の担当をしている。「都市構造が複雑化してくると、ルールも複雑化してきてなあ」
 兄さんがわたしのエネミーじゃなくなって久しい。
 わたしたちの人生は、交わらない線になり、どんどん乖離していく。これからは、もっとだろう。
 とはいえ、だ。わたしのリアルライフは不調だった。
 大学で卒業論文の構想に関する中間発表をしたが、ゼミ内で一番評価が低かった。バイト先のコンビニではペットボトルの種類を発注ミスしてしまい、店長に迷惑をかけた。遠距離のパートナーとも微妙な感じになっている。
 兄さんの忙しそうな姿を見て、少し嫉妬してしまう。

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