小説

『天の羽衣』五香水貴(『天の羽衣』)

 自分の叫び声に、天音は驚いたように小さく身を飛び上がらせ、辺りを見回したあと、視線を上階に向けた。顔は強張り、瞳は今にも泣き出しそうなくらいに潤んでいた。大きく首を横に振る仕草と同時に、何粒かの雫が、瞳から溢れた。足下に置いてあった自分の鞄から、天音のではなく、自分のワイシャツを一枚取り出し、天音に向かって大きく振って見せたあと、ポカンとした表情の天音の方へ、大きく振りかぶって投げた。風に煽られ、右に行ったり左に行ったりをするワイシャツに合わせて右往左往しながら、天音は舞い落ちてきたワイシャツを無事にキャッチした。もう一度こちらを仰ぎ見る天音に、「汚れた時用に持ってきてるスペアだから。今日は使ってないから」と叫ぶと、天音は嬉しそうに頷いて更衣室へと戻っていった。

 芸術の授業と一続きになっていた昼休みの終わり頃に教室に戻ると、ブカブカのワイシャツ姿の天音が、一人、自分の机で弁当を食べているのが見えた。教室に入ってきた自分と視線がぶつかり、何か言いたげな素振りを見せたのを確認して、あえて無視して自席に座る。直後に入ってきた数学の教師も、天音の座席の近くで、天音の存在が見えていないかのようにおしゃべりを続ける女子たちも、天音のワイシャツの違和感にはスルーして授業は始まっていった。

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