小説

『なのに、俺は』ウダ・タマキ(『幸福』)

 がっぽり稼いで借金を返し、一秒でも早く足を洗いたい。が、ここで得られるのは薄汚れた金。
「あぁぁぁっ!」
 公園のベンチから見上げた青空には、曖昧な形をした白い三日月が浮かんでいた。

 昨日は火の海に落ちなかったな-

 せめて今日という日に一縷の望みを抱きたくて思い出したのがそれ。今の博人には良いことと言えばそれくらいしか思い浮かばなかった。
 相変わらず、今日もうまくいかない。
 ドアの隙間から怪訝な顔を覗かせ男性に「帰れ馬鹿者!」と杖の先を向けられ、次に訪問した家の女性からは「親の顔が見てみたいわ!」と捨て台詞を吐かれた。しかし、行きずりの恋で生まれた博人は父親の顔すら知らず、母親も彼を置いて出て行ったまま音信不通だ。親代わりとなった祖母が、博人にありったけの愛情を注いでくれたのが唯一の救いだった。
 だから老人というのは怒りの感情を持たず、無尽蔵の優しさを備えた聖人のような存在だと博人は思っていた。何事にも怯えず、ありのままの事実に動じることなく向き合える。そんな領域に達しているのだと。

 高級住宅街を渡り歩く博人は、丘陵地に開かれた住宅街に佇む一軒の洋館の前で立ち止まった。白い外壁に三角屋根、丸い窓にはめられたステンドグラスには三日月がデザインされている。
 金持ちの余裕を感じる洒落た雰囲気だが老朽化は否めず、庭の手入れも行き届いていない。枝木は道路にまで張り出し、裸木の下には雑草だらけの庭に無数の落葉が積もっていた。

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