六月中旬の夜。二メートルを超える屈強な大男が、五条大橋の真ん中で腕を組んで仁王立ちしている。白いタンクトップから突き出す腕はまるで鉄骨。短パンから伸びる太ももは樹木に似ていた。橋の下では、多くのカップルが身を寄せ合い、ただでさえ気温が高まりつつある季節に拍車をかけていたが、こと五条大橋に関しては橋を渡ろうとする者はいない。大男はひたすら来る人を待った。今日は満願の夜になる。目標の達成まで、あと一人なのだ。
そこに、ひとりのサラリーマンが東山方面から歩いてくる。スーツを着て、ネクタイを緩めた男の顔も緩み切っていて、右手には缶ビールを持っている。男は橋の手前で、鴨川の両岸を見た。噂通り等間隔でカップルたちが座っていて、男は思わず大笑いした。缶を地面に置いて、ポケットから携帯電話を取り出し、何枚か写真を撮っては、その中の一枚を「等間隔カップルって、本当なんですね」というキャプションとともにフェイスブックに投稿し、「夜の鴨川はひとりで歩いてはいけません」と別の写真を選んでツイッターにアップした。画面を消すと、紛れもない寂寥感に襲われ、男はしばらくそこで携帯電話を額に当てて立ち尽くした。出張で来た京都だったが、観光する余裕はなく、明日には東京に戻って朝十時の会議に参加しなければならない。そして夕方には仙台へ。男はここ一週間、ホテル暮らしが続いていた。ノーションにメモしてあるToDoリストは消化しても消化しても増え、精算待ちの領収書は溜まる一方だった。この生活のどこが幸せなんだろう、と男は肩を落とす。労働は嫌いじゃないが、これじゃまるで働くために生きているようなものじゃないか。だが同時に、もし労働を失ったら、自分にはいったい何ができるのだろうとも思うのだった。男は缶ビールを拾い上げ、デリバリーヘルスに電話しようと思いつき、携帯電話を見ながら歩き出した。