橋の真ん中あたりで「止まれ」と行く手を阻まれるまで、スーツの男は仁王立ちする男の存在に気づかなかった。大男はスーツの男を見下し、「俺と勝負しろ」と凄みを聞かせた。スーツの男は、心の中で舌打ちをした。携帯電話を胸ポケットにしまい、「すみません。ちょっと急いでるので」と大男の顔も見ずに脇からすり抜けようとしたが、不可能だった。片腕を掴まれただけで一切からだは動けなくなり、大男を見ると、鬼の形相で睨んでいた。完全に気押されたスーツの男は、為す術もなく両脇から軽々と大男に持ち上げられた。そのせいで缶ビールは鴨川に落下し、携帯電話は大男の足元に落ちた。大男は、再び目の前にスーツの男を立たせるともう一度同じことを言った。「俺と勝負しろ」
すでにスーツの男に、言い返す気力はなく、心は荒廃していた。男は自分の運の悪さを呪った。圧倒的な体格差。負試合である。こっぴどくぶちのめされ、服は脱がされ、ゴミ捨て場に打ち捨てられ、金は巻き上げられ、金は巻き上げられ………。金か、そうか金か!
「お金ならあげます、通してください」
スーツの男は必死で内ポケットから財布を取り出そうとした。
「金ではない。俺はただ勝負がしたいのだ」
なんなんだよ、勝負ってなんだよ。スーツの男はやけくそになっていた。
「勝負って何ですか? 殴りたいならどうぞ。どうせ負けますよ。ほら早くしてくださいよ、早く帰りたいんですよ、こっちは朝から働いて疲れてるんですよ!」
「おまえと殴り合いをする気はない。勝負にならんからな」
はあ? 「じゃあ何ですか? さっさとやりましょうよ」
「川柳だ」
一瞬、強い風が吹いた。大男は、短パンのバックポケットからペンと長方形のフリップを取り出し、それらをスーツの男に渡した。
「川柳で勝負だ。テーマは『愚痴』。三分後に出し合って、良かった方が勝ちだ」