小説

『蜘蛛の意図』結城熊雄(『蜘蛛の糸』)

 主導者の激励に仲間たちはおおおおおと応える。
 満身創痍の中、神田は母のことを思い出していた。妙子は神田と違い穏やかで心優しい性格の持ち主だった。人当たりが良く争いごとを嫌い、誰からも愛される女性だった。そんな妙子からなぜ神田のような野蛮な男が生まれてしまったのか。晩年は病床に臥し、ほとんど寝たきりで過ごした。普段の人柄の良さが奏功し、親戚や近所の者が代わる代わる見舞いに来て看病をしてくれたからいいものを、神田は遊びや喧嘩で忙しく、やっと妙子の元を訪れたのはほんの死ぬ間際のことだった。
「あたしはもう長くない。先に極楽に行ってるよ」
「何言ってんだ母ちゃん。こんだけ好き勝手やってる俺が極楽になんざあ行けるわけないだろう」
「まあ、そうだろうね」
 妙子は寂しそうに笑い、続けた。
「でも、たとえ地獄に落ちてもね、そこでの苦しみに耐えて耐えて耐え抜いて、罪を償えばきっといつか極楽に行ける」
 ああそれから、と買い物でも頼むみたいに付け加える。
「蜘蛛は殺すんじゃないよ」
「わかってるよ。お釈迦様の使いなんだろ」
「蜘蛛を大切に扱うところもお釈迦様はちゃんとご覧になってる。もしかしたらそのおかげで極楽に行けるなんてこともあるかもしれない」
「そんなに虫のいい話があるか?」
「とにかく、蜘蛛だけは殺さないように。あたしはあなたが極楽に来るのを、何十年でも、何百年でも待っているからね」
 どうやら妙子の言っていたことは本当らしい。現に蜘蛛のおかげでこうして極楽へと一歩一歩と近づいているのだから。
「くそう、俺もここまでか」「もう無理だあ。手足が動かん……」

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