小説

『蜘蛛の意図』結城熊雄(『蜘蛛の糸』)

 神田は自分の犯した罪を心底悔いていた。なにもあそこまでやる必要はなかったと。窃盗、放火、殺人、どれをとっても正義感からやったことだったが、少々行き過ぎている。あんなことをしなければ今頃妙子と一緒に極楽でのんびり暮らしていただろうに。
 ふと顔を上げると目の前にきらりと光るものがある。髪の毛ほどの細さのそれは触れると今にも壊れそうで頼りない。蜘蛛の糸か? どうやら上の方からすうっと伸びてきている。こんなもの引きちぎってしまえと力を加えるが、切れるどころか反発してくる。意外と丈夫らしい。思い切って全体重をかけてみた。――と、あろうことか、体が浮いたではないか! もしやこれを辿って行けば地獄を抜け出せる、ひいては極楽に行けるのではないか。突飛な発想ではあったが、先の見えない陰鬱な闇の中突如として現れた微かな希望に、神田はそんな期待をせざるを得ないのだった。
「おいみんな、聞いてくれ! ここに一本の蜘蛛の糸がある。強度は十分で、随分と上の方まで続いているようだ。この糸を辿れば俺たちも極楽に行けるかもしれない。やる気がある奴は付いてこい。こんな殺伐とした地獄なんておさらばだ!」
 神田の呼びかけに最初こそ無反応であったが、ずんずん上っていく彼の姿を見て、烏合の衆はおおおおおと地響きのような唸り声を上げて後に続いた。不思議な蜘蛛の糸は地獄の民が何人乗っても切れることはなかった。神田とその仲間たちは蟻の如く行列をなして進んでいった。
 どれくらい上っただろうか。手からは血が滲み、呼吸は荒く息は絶え絶えだ。全身の筋肉に乳酸が溜まり、ゼリーのようにぷるぷる震えている。体はとうに限界を超えていた。しかし諦めるわけにはいかない。このチャンスを逃せばまた地獄に逆戻り。希望はこれしかないのだ。と、永遠かに思えた漆黒の闇の遥か先、小さな光の点があるのを捉えた。あれはきっと極楽の入口に違いない。
「明かりが見えたぞ! ゴールは近い。あと一息だ!」

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